口の中で咀嚼しているステーキ肉は最高級のもののはずなのに、その味はあの時のハンバーグよりもまずく感じられる。


それはきっとこの雰囲気が味を悪くさせているからだ。


そう考えたクルミは少し勇気を出して口を開いた。


「今日学校でね、とても変な噂を聞いたの」


できるだけ明るく、そして高校生とは思えないくらい無邪気な声で言う。


「ひとりで放課後の屋上に行くとね、そこに仮面が落ちているんだって。その仮面を身に着けると、プロ級の犯罪者になることができるっていう噂でね――」


「そんなくだらない噂話に付き合っているのか」


明るいクルミの声は父親の厳格な声によってかき消された。


クルミは「え」と呟いて父親へ視線を向ける。


「そんな噂を信じて、気にしているのか」


「信じているわけじゃないけど、おもしろいでしょう?」


クルミは両親に笑顔になってほしくて話をしたのだけれど、今父親の顔に浮かんでいるのは嫌悪感に似た表情だった。


クルミはたじろぎ、父親から視線を外してしまう。