「こっちが希帆の仕事部屋だよ」

風雅が、奥まった部屋を開けて教えてくれる。私用に図面が書けるデスクとパソコンデスクがダブルで置かれてあった。

「入用なものは買い足すから言って」
「こんな部屋いいのに」
「でも、いずれは日本中心で仕事するんだよね?」

きょとんとした顔で尋ねられ、私は唸る。

「あー……そのことなんだけどね」
「待って、もう一部屋」

私の言葉を遮って、風雅は隣の部屋をばーんと開ける。中にはキングサイズのベッドが一台。大きなウォーキングクローゼットや鏡台。どう見ても寝室だ。

「俺と希帆の寝室はここね。今夜から一緒に寝よう」
「え! やだ!」
「冷たいなあ。せっかく夫婦になるのに」

私はリビングに戻り、ダイニングの椅子に腰かけた。ふう、とため息をつく。
これ以上、先延ばしにしてもいけない。この男がどういうつもりで結婚生活を送るつもりかわからないけれど、話しておこう。

「風雅、あらためて結婚について話を詰めましょう」
「詰めることなんてないよ。俺たち高校時代から婚約してたんだし」

にこにこ笑顔の風雅は椅子には座らず、足元の床にどっかりと胡坐をかき、私を見上げている。

「結婚は親が勝手に決めたこと。そうよね?」
「今更なに?」
「お互いに恋愛感情はない」
「俺、希帆のことすっごく好きだよ」

語尾にハートがつきそうな口調で軽々しく言う。
嘘おっしゃい。こちとら、高校三年間あなたにからかい倒され、迷惑をかけられまくって過ごしたんだからね! そんなやつの好意なんか信用できるもんですか。