「俺ね、希帆のこと、大好きなんだよ」

いっそ悪辣にすら見える笑顔を見上げ、私はごくんと喉を鳴らした。
そしてぎゅっと枕の端っこを掴む。風雅の死角である左下から思い切り枕を叩きつけた。低反発でそれなりにしっかり硬い枕による殴打に風雅がのけぞった。

「あだっ!」

怯んだ風雅の腹を必死に足で押しのけ、大きな身体の下から抜け出し、ベッドを転がり落ちた。

「希帆、痛い……」

情けない声をあげる風雅を見下ろし、私は仁王立ちで言い放った。

「誰が押し倒していいと言ったの? 急にそんなこと許せると思う? 私は仮面夫婦でいましょうって言ったわよね」
「俺は希帆が好きだから、それは無理だって」
「私は、風雅と普通の夫婦になんてなれない!」
「ええ? 赤ちゃんは?」

赤ちゃん、その単語に頭のてっぺんまで熱が回った。怒りとも羞恥ともつかない感情に脳がオーバーヒートしそう。

「子作り禁止!」

私は力の限り怒鳴りつけ、風雅を置き去りに寝室のドアを勢いよく閉めた。
リビングに出て、深呼吸。
ばくんばくんとものすごい音で鳴る心臓を両手で押さえた。

今のなに? 私、風雅に抱かれそうになった。
風雅は、私を本当の妻にしたいと思っているの?
意味がわからないんだけど……。