「やめて。風雅のそういうの一ミリも信用できないんだから」
「はあ、信用貯金ゼロ。過去の自分を恨むしかない」
「恨みなさいよ。ともかく」

私は言葉を切り、宣言した。

「私たちの結婚は形だけのもの。仮面夫婦ってことでいきましょ」
「俺は嫌だよ」

あっさりと返す風雅に、私は苛立った。ぶん殴ってやりたいくらいのすまし顔だわ。

「なんでよ、私たち、お互い好きじゃないって言ってるわよね」
「俺は希帆が好き。だから、ラブラブ夫婦になりたい」
「い~み~がわからん! 私は風雅に好かれてる要素をまったく感じない。高校時代から今に至るまで! 冗談は大概になさい!」
「冗談じゃないんだけどなあ」
「とにかく私は無理! 十年前と変わらず無理っ!」

私の言葉に風雅がすんと黙った。
さすがに言い方がきつかったかな。いや、この男のことだ。どうせ、私をからかう次の方法を考えているに違いない。
身構える私の前で、風雅は立ち上がり、キッチンでお湯を沸かし始めた。てきぱきとお茶の準備をし、目の前にことんと置かれたのは豆大福。それから、鞄からさきほど私の実家で記入した婚姻届けを持ってきた。

「とりあえず、これ書いちゃおう。俺たち結婚する、でいいんだよね。そこは変わらずでしょ?」
「う、うんそれは……」
「なんか希帆は壮大なドッキリでした的なオチを期待してるみたいだけど、俺は希帆と仲良く夫婦やっていきたいから」

婚約も結婚も断れるものなら、とっくに断わっている。それが無理だから帰国してきた。でも、その風雅の軽いノリの愛情表現だけが予定外。
私は風雅の気持ちが私にないと思ったから、仮面夫婦案を推せると思って帰ってきたのに。