神殿で起きたこと。
 まるで夢物語だったんじゃないかって錯覚する。
 数時間前までの出来事が遠い出来事のようにも感じてきた。

 ぱちぱち。
 目の前で火が燃えている。
 ぼおーと焚き火を見つめていると、何かが肩に乗っかった。
 横目で見ると蘭の頭が自分の肩に乗っかっている。
 うわぁ…と思いながらも。どうしようと考えてしまう。

 呪いが解けた途端、この男はベタベタとくっついてスキンシップを取ってくる。
 渚くんやサクラたちがドン引きしている目の前でも、
 ベタベタ人の手を触ってきて、何度も「ざまあみろ」と言う。

 私の肩に蘭が頭を乗せてきたのを見たサクラは、はあと盛大に大きなため息をついた。
「あのねえ。蘭。こっちだってクリスとヤりたいのを我慢してるんだから。冒険が終わるまではちゃんとわきまえてよ」
「…わかってる」
 ふてくされた顔で蘭が言うと。
 サクラたちは「じゃ、ごゆっくり」と言ってテントに吸い込まれていく。

「流石に俺は野外ではしない…」
 と言ってこっちを見つめる蘭に、ゾワゾワっと背中に悪寒が走った。
 ツンデレ魔王並に今まで冷たかったくせに。
 急に甘えられても怖すぎる。
 それでも、触れたかった蘭にやっと触れられることが出来て、必死で顔がにやけるのを我慢している自分がいる。

 火を眺めながら、2人寄り添っている時間。
 今までとは違うベタベタとした甘い時間。
 …ただ。
 蘭とスキンシップ取れるのは嬉しいけど。お風呂に入ってないから蘭に近寄られると、自分の体臭が気になって仕方ない。
 何で、この男は同じ状況だというのに良い匂いしかしないんだろう。
 カッコイイし、暗くても顔が整っているのがよくわるし。
 あー、なんかムカムカしてくる。
「なんで、こんなに好きなんだろうなあ」
 さっきから甘ったるい言葉を言う蘭に、ぎゃぁぁぁと胸の中で叫ぶ。
 顔が近いんですって。

 またキスされたらどうしようと、ドキドキしていると。
 蘭が急に真顔になって「いや、わかってるって」と言い出した。
 蘭が向いている方を見ると、剣をこっちに向けて立っているローズさんがいた。

「はあ!?」

 神殿で会ってから、行方不明だったはずのローズさんが
 いきなり目の前に立っていたので。
 驚きすぎて座っていた丸太から転げ落ちると。
 ローズさんは私を思いっきり睨みつけてスタスタと歩いてどこかに行ってしまった。
「え、何でいるの?」
「何でって帰るまで俺の護衛をするのがローズの仕事だからだろ」
 蘭の言葉に、あれ? と首を傾げる。
 当たり前だと言わんばかりに平然とした蘭に、
「ねえ、ローズさんっていつから島にいたの?」
 と質問してしまった。
「いつからって、最初からだろ」
「最初から!? 嘘でしょ」
 大声で叫んで、慌てて手で口元を押さえた。
「え、何で。一緒に行動しないの?」
「…それは」
 蘭は、黙ってテントのほうに視線を向けた。
 テントでは4人が集まって盛大にお喋りをしているようだ。
 蘭は、空を見上げる。
「ローズなりに遠慮してるんだよ。渚は特にローズのこと…アレだから」
「あ・・・」
 蘭に言われて、自分は配慮が足りなかったことに気づく。
 完全にお兄様の説明からローズさんは完全なる暗殺者のイメージしかなかったから。
 彼なりの優しさに気づかなかった。

 何だか、一度に与えられた情報量が多すぎて。
 処理しきれずに混乱している。
 テントのほうを見ていると、自然と涙が出てくる。
 変だなあと思いながらも、ぐっと我慢するしかない。
「…そういえば」
 ローズさんが見えないところで蘭を見守っていることを知って。
 一つ解決したことがある。
「毎朝、蘭が大声で祈祷の練習してたっていうのは…」
「ああ、ローズと会話してた」
 やっぱり。
 蘭は嘘をつこうにも、すぐに顔に出てしまう性分なんだろうなと思った。
「あれ、じゃあ。私が崖から落ちた時、シュロさんが側にいたのは必然?」
「…多分。シュロはローズの気配に気づいて探してたんじゃないか」
 蘭がどういうわけか淋しそうな表情を見せる。
「シュロにとっても、ローズにとっても唯一無二の友達だからな」
「そっか」
 蘭は弱まった火に枝を放り投げる。
「ま、ローズがいたからシュロと2人きりでも安心出来たんだけどな」
「…え?」
 蘭の言葉に固まった。
 意地悪そうに笑う蘭は、シュロさんにも嫉妬していたらしい。
「早く帰りたいな」
 整った美しい顔でこっちを見る蘭に、これ以上にない悪寒を感じたのであった。


 おわり・・・?