いつの頃から、悲しいと思わなくなったのだろうか。
 女の子の格好をして、サングラスをかけて。国中を渡り歩きながら蘭は生活をしていた。
 10歳になろうとしていた。
 母はいつも、何かに逃げるように引っ越しを繰り返していた。

 一度だけ、耳にしたことがある。
「この子の父親が暴力をふるうんです。逃げるしかないんです」
 母親の言葉の意味はわからなかったが、父親は悪者だということだけはわかった。
 海の一族の団結力は強く、母は見知らぬ海の一族を頼って国中を巡っていた。
 初対面にも関わらず、街で暮らす海の一族の人達はとても親切にしてくれた。
 夫に追われ、逃げていると母が告げると。
 海の一族の人達は、住む場所や、母に仕事を紹介してくれる。
 1~2年ほど暮らすと母は、すぐに他の場所へと引っ越す。

 一体、どれだけの出会いと別れがあったことだろうか。
 せっかく仲良くなっても、すぐにお別れするのならば仲良くしないほうが良いのではないかと蘭は考える。
 ある年の出来事だ。
 同い年の子とせっかく出会って、仲良くなって。
「ねえ、何でサングラスしているの?」と言われ、「病気だから」と答えると。
「それじゃあ、お顔が見えないよ」と言われて無理矢理、サングラスを奪われる。
 まあ、いいやと思いながら素顔で遊んでいると。
 母が絶叫しながら近寄ってきた。
「蘭、あんたは病気なんだから外に出るときはサングラスを外しちゃ駄目なのよ」
 そして、その夜。
 母は、「今すぐ引っ越すわよ」と言い出した。