もしや、障がい云々の話以前に、僕たちは

身分違いの恋なのだろうか?そんな不安から

つい、怯えたような目を向けてしまった僕に、

父親はまた眼鏡の奥の目を細める。

「そう身構えず、楽にしてください。わたしは

警視監という堅苦しい職業ですが、家に帰り、

制服を脱げば、一人の父親ですから。それに、

わたしたちは、羽柴さんなら安心して娘を任せ

られると思っているんです。真面目にお仕事を

されているようだし、弥凪のために手話も覚えて

くれていると妻から聞いています。いい人に巡り

会えて良かったと、話しているんですよ」

穏やかにそう言って、弥凪を見やる二人は、

僕に“障がい”がある、という事実を知らない。



一瞬、このまま“僕のこと”を告げず、やり過ご

してしまおうかという思いが脳裏を過ったが、

すぐに思いなおした。いま、ここで隠し事をして

しまえば、それこそ、ご両親の信頼を失って

しまうだろう。

だったら、ここで正直に打ち明けた方がいい。

いつか、視力を失っても二人で生きていける。

ハナミズキの下で僕たちはそう、誓い合ったのだ。



僕は窺うように弥凪を見ると、ごくりと唾を

飲み、真っすぐ前を向いた。

「おっしゃる通り、弥凪さんと話せるように手話

を学んでいます。でも、僕が勉強しているのは

手話だけではないんです」

躊躇いがちに、けれど、真剣な面持ちでそう切り

出した僕に、二人は僅かに表情を硬くした。

母親が僕を覗き込み、問いかける。

「まあ、他にもなにか?」

「……はい。弥凪さんと二人で、点字の勉強を。

僕は、将来目が見えなくなるかも知れない病気を

持っておりまして、それで、“もしもの時”のため

にと」

瞬時に、二人の顔色が変わった。特に、父親の

方はあからさまだった。

眉間に深い皺を刻んでいる。

弥凪はその様子から僕が何を話したのか、察した

のだろう。立ち上がり、キッチンの台からホワイ

トボードを持ってくると、それにカツカツと文字

を綴り、二人に見せた。

(純の病気はすごく進行が遅いから、心配しなく

ても大丈夫。もし、いつか見えなくなったとして

も、困らないように、いまから点字や白い杖の

練習もしてる。だから、何も心配しないで)

ホワイトボードを胸の前にかざし、弥凪が切実な

目で訴える。

「白い杖……って、それは完全に視力がなく

なってしまう病気なのかしら?差し支えなけれ

ば、病名を伺っても?」

どんどん眉間の皺を深くしてゆく父親を横目で

見ながら、母親は遠慮がちに訊ねた。

「はい。網膜色素変性症という病気です。17歳

の時に発症したんですけど。見た目ではわかりま

せんが、いま、僕の視野は普通の人の半分もあり

ません」

「網膜色素……どこかで聞いたことがあるな」

包み隠さず、自分の障がいのことを語った僕に、

父親は独り言のように反芻した。