「弥凪?」

いったい、どうしたのだろう?

心配になって彼女の頬に手を伸ばすと、弥凪は

僕の手に自分の手の平を重ね、ゆっくりと唇

を動かした。

その動きをじっと見つめていた僕は、言葉の

意味を理解した瞬間に、体を熱くする。

彼女が伝えた言葉は、

(朝まで、一緒にいたい)という、ひと言。

つまり、弥凪は……だから、頬を赤く染めて

いたのだ。僕はごくりと唾を飲み込むと、

急激に早なってしまった鼓動を静めるように、

息を吐いた。そうして、震えそうになる指で、

携帯に文字を綴った。

(でも、そんなことしたら、お母さんに怒られ

るでしょう?それに弥凪だって、まだ、心の

準備が出来ていないだろうから……)

本心は、彼女が望んでくれるのなら、いますぐ

にでも僕のアパートに連れて行きたかった。

けれど、彼女を大事にしたいという気持ちと、

理性とが邪魔をして、心のままにそうすること

が出来ない。

そんな僕の気持ちを知ってか知らでか、弥凪は

ふるふると首を振った。

(母さんには、メールしてある。今日は咲ちゃん

ちに泊まるって。だからもう、家へは帰れない

の)

「ええーっ!?」

活字を読み終えた瞬間、僕は思わず大声を発して

しまい、慌てて口を塞いだ。

そしてオロオロしながら、周囲を見回した。

お母さんにメールしてある、だなんて……

そんな素振りまったく見せなかったのに、

いつの間に?

けれど、弥凪の気持ちが嬉しくないわけが

なかった。あの部屋で彼女を見つめるたびに、

彼女に触れるたびに、どんなにそうなること

を望んだか知れない。

僕は心を決め、頷くと、弥凪の手を握った。

(わかった。僕の部屋、行こう)

そう、唇を動かすと、弥凪は小さく頷き、

僕の手を握り返したのだった。







部屋に入り、灯りをつけると、主の不在だった

部屋は、少し肌寒かった。僕は部屋の隅に

荷物を置くと、すぐに風呂を沸かし始めた。

昼の砂浜は暖かかったが、夜風を受けながら

歩いて来た弥凪の頬は、冷たい。

狭い風呂でも、湯船に浸かって温まった方が

いいだろう。

僕は部屋の真ん中に突っ立ったままの弥凪の

肩を、トントンと叩くと、顔を覗いた。

(コーヒー、淹れようか?)

緊張しているのか、びくりと肩を震わせ、

首を振る。何度もこの部屋に足を運び、合鍵

だって持っているというのに、弥凪はまるで

初めて来たかのように、ぎくしゃくしていた。

僕はその様子が愛らしくて、思わず頬をゆる

めた。そして、彼女の肩を抱く。少しでも

緊張が解れるように、ぽんぽん、と背を

叩いてやると、彼女ははにかんで僕の胸に

顔を埋めた。