「だって、神様って、そこまで意地悪じゃないと

思うから……」

「神様、か……だよな。これ以上、あの二人を

苦しめるようなこと、神様がするワケないよな」

返ってきた答えはまるで根拠のない、おとぎ話

のようなものだったが、目に見えないものの存在

を敬うあたりが、いかにも彼女らしく、俺は妙に

納得して頷いた。

「それに……」

「それに?」

「状況、って、良くも悪くも、必ず移り変わっ

ていくものだと思うんです。だから、羽柴さん

の目が見えなくなってしまう未来よりも、治療

法が見つかって、目が見えるようになる未来を

信じたいっていうか。もちろん、どんな未来で

も、あの二人なら乗り越えてくれるだろうけ

ど……悪いことばかりを想像してると、本当に

そうなっちゃうって聞いたことあるし、だから、

根拠がなくても“大丈夫”って、強く思っていれ

ば、本当に大丈夫になるんじゃないかって」

「状況は移り変わる、か。確かにそうだよな。

羽柴クンの病気の進行より、医学の発展の方が

速いかも知れないし、もしかしたら、市原さん

の耳だって、治っちゃうかも知れないし」

そんな未来が、本当に待っているかも知れない。

彼女と話していると、そう思えてしまうのが

不思議だった。そして、二人の未来がどんな

ものだったとしても、俺たちがついている。

そう、口にはしなかったが、何となく、彼女も

同じことを思っている気がして、俺たちは互い

に目を細めた。





「あ、そう言えば……」

不意に、思い出したようにそう言うと、

俺は懐から携帯を取り出した。

思えば、せっかく、二人きりになれたという

のに、俺たちは互いのことを何ひとつ話して

いなかった。出来るなら、もっと色んなこと

を話したいが、小首を傾げている彼女の向こう

から、二人が手を繋いで戻ってくるのが見える。


残念だが、タイムリミットだ。


俺はごく自然に、真剣に、自分の気持ちを

口にした。

「まだ、連絡先交換してなかったな、と思って

さ。もっとゆっくり話したいし、次は二人で

会おうよ。あ、それと、俺、年上だけど敬語

とか使わなくていいから。気軽に孝クン♪、

って呼んでくれても構わないし」

シシ、と白い歯を見せながら二つ折りの携帯

を開く。すると彼女も、ふふ、と可笑しそうに

笑って鞄から携帯を取り出した。

「じゃあ、番号教えてくれる?わたしがかけ

れば、着歴残るよね。それとも、メルアドの

方がいい?」

さっそく、タメ語に切り替えて彼女が話して

くれる。

「うーん、そうだなぁ。じゃあ、両方聞いとく♪」

そう答えると、俺は戻って来た二人に手を振り

ながら、携帯番号を口にしたのだった。