「え?」

目を凝らし、階下を見た。どうやら、石段に並べ

られていたキャンドルの蝋燭が燃え尽きてしまっ

たらしい。背後から伸びるテントの灯りが弱々し

く石段を照らしてはいるが、僕の目を通した

世界はほとんど真っ暗闇だった。

僕は咄嗟に彼女の肩から、手を離した。

普通の人なら問題なく下りることが出来るだろう

が、僕には難しい。

もし、彼女の手を握ったまま足を踏み外したり

したら……

(ごめん、先行ってくれる?)

階下を指差しながらそう言うと、僕は一歩後退り

した。後退り、しようとした。

その手を、ぱっ、と彼女が掴む。

驚いて顔を覗き込めば、さっき、躓いた時に見た

強い眼差しが、ふたたび僕を捉えていた。

「でも……」

強く手を握ったまま離そうとしない彼女に、

それでも、僕は首を振る。

もしも、彼女に怪我をさせてしまったら……

そう思うと、おいそれと甘える訳にはいか

なかった。すると、彼女は大きく首を振り、

僕の手の平に文字を書き始めた。

その言葉は……

(わたしが、あなたの目になる)

綴られた文字を理解した瞬間、思わず言葉を

失ってしまった。



僕の目になる、だなんて……



そんな嬉しいことを言われてしまったら、

この手を離せなくなってしまう。

心を決めて小さく頷くと、彼女は僕の手に

しっかり指を絡めた。

そして、ゆっくりと一歩先に石段を下りる。

僕も彼女の動きに合わせ、手を引かれるまま

石段に足を下ろした。

硬い石の感覚がスニーカーの下にある。

彼女の呼吸に合わせ、一歩一歩、足を下ろせ

ば、いつしか僕たちの動きは歯車のように

ピタリと重なり、やがて、無理だと思っていた

階下に辿り着いた。

「はは、着いた」

最後の石段を下りた瞬間、はぁ~と長く息を

吐き、彼女を向いた。

彼女は満足そうに目を細め、僕を見上げている。

「ほら、大丈夫だったでしょう?」

そう、彼女の口から聞こえてきそうな笑みだ。

(ありがとう。うれしかった)

道端の街灯に淡く照らされた彼女にそう言う

と、彼女は繋いでいた手を離し、文字を綴った。

(わたしも。しんじてくれて、うれしかった)

悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、肩を

竦めて見せる。

僕はその眼差しから彼女の胸の内を知り、

肩を抱き寄せた。


まったく、怖くない訳がなかった。

彼女も、怖かったのだ。


途中に踊り場があるとは言え、階下から

鳥居を見上げれば、石段は30段以上もある。

もしも、二人で転げ落ちてしまったら。

そんな不安が頭を掠めない、訳がない。

「ありがとう」

やはり、聞こえないとわかっていても、

言わずにはいられなかった。