「誰にも相談できないというのは、よくわかり

ますよ。わたしも、妻と出会ったころは悩み

ましたから。障がいのある人と、健康な人とでは

物事の視点も考え方も異なってくる。もし、健康

な人に自分の未来を否定されてしまったらと思うと

恐ろしくて、なかなか打ち明けられませんでした」
 
石神さんの言うことは、一つ一つが嫌と言うほど

理解できた。

障がいを持つ僕らと、健康な人との間にある、

見えない壁のようなもの。

その壁のこちら側にいたいがために、僕は必死に、

普通の人と同じように生きていこうとしているのだ。

彼女となら、こんな想いさえ分かち合えるのだ

ろうけど………
 
僕を選ぶことで、彼女が傷つくようなことが

あったら、悲しい。

そう思えば、どうしたって怖気づいてしまうのだ。

「決して、障がいを背負って生きたかったわけ

じゃないのに、この病気になったのは、僕のせい

じゃないのに……人を好きになっただけで悩まな

きゃならないなんて……不毛ですよね」
 
らしくない愚痴が、口をついて出る。
 
肩を並べて立つ石神さんが、少しだけ僕を向いた

のが、わかる。

「わたしの口からは、あまり含蓄のあること言え

ないのだけどね……互いの足りない部分を補える

のが、理想の夫婦だと思うんです。わたしはこう

見えてとても几帳面なところがあって、金銭的な

管理や、役所の手続きなんかは全部わたしがやって

る。その代わり、妻はわたしが苦手な機械いじり

が得意だ。パソコンの設定だとか、プリンターの

接続なんかも、全部妻がやってくれる。夫婦は

二人で一人。そのあり方は、まだ若い君たちにも、

通ずるところがあるんじゃないかな」
 
そう言って、にこりと笑った石神さんの言葉は、

すべての不安を吹き飛ばすほどの威力はなかった

けれど、僕を元気づけるには十分だった。

「二人で一人、か。そんな風に考えたこと、

ありませんでした」
 
僕はサングラスの向こうに並んで歩く、

恋人たちの姿を見た。

楽しそうに笑いあいながら、腕を絡ませ、

駅に向かっている。



-----確かに、僕にも、彼女にも、足りない

ものがある。



けれど、その足りない部分を補いあって、

生きてゆけるなら……

僕たちも、あの恋人たちのように、同じ風景の

中を笑って歩いてゆけるのではないだろうか。
 
そんなことを思って、知らず、頬を緩めていた

僕に、石神さんが言った。

「まずは、彼女の気持ちを確認して、それから

……ですかね」

「はい」
 
胸のつかえが下りたように、力強く返事をすると、

彼は満足そうに頷いて盲人用の腕時計に触れた。

ガラスのフェイス部分を開け、針に触れることで、

時刻を知ることが出来る仕様だ。