「人生で、あと何回食事ができるんだろう」

暮れゆく日を惜しむように、散ってしまった花を憐れむように、純也は言う。
切なげなその瞳に、私はうなずくこともできずにいた。

調理師になりたいと思わなかった? と聞いたことがあった。
純也が店を持ったなら、人気店になると思った。
けれど、

「コスト計算しながら作るなんていやだな。味だっていつも同じじゃつまらないし、急かされるのもいやだ。俺は調理師には向かないよ」

と笑う。
そうだな、と私も納得した。
純也の料理は栄養摂取や、誰かを喜ばせるためのものではなく、彼自身のためのものだったのだ。

私が食べ終わるのを見計らって、純也はコーヒー豆をひく。
豆の選び方から、あのカフェで修行したらしい。
先の細い銀色の鶴みたいなポットでお湯を注ぐ。
熱湯がコーヒー豆に染みるサアッという音が、私はとても好きだった。

甘いコーヒーが好きだけど、最初のひと口は必ずブラックで味わうことに決めていた。
純也のコーヒーは、酸味が強くさわやかに苦かった。
濃密な朝に似つかわしい濃密な味。

「唯衣が好きだよ」

何の脈略もなく、純也はときどきそう言った。

「急に何?」

「言いたくなったから」

正しく「おいしい」と伝えられない私は、「好き」とも「愛してる」とも言えなかった。
そのどれも、私の気持ちを表すのに、充分とは言えなかったから。
もっと強く大きく、あの日の桜みたいに圧倒的な感情を表す言葉が、早く発明されればいいのに、と思っていた。

見つめられるのが恥ずかしくて、コーヒーにガムシロップを落とす。
お砂糖ではなく、ガムシロップを使うのが好きなのだ。
コーヒーをかき混ぜて視線を誤魔化しても、純也の手はいとも容易く私を捉える。

純也はメンタルが安定していて、怒ることも泣くこともなかったけれど、キスは少し強引で、深くて、甘かった。
遠のく意識の片隅で、私はいつも、ああ今この瞬間に死にたい、と思った。
他にも、待ち合わせの本屋に入ってくる姿を見つけたとき。
真剣に粉の分量を見極めていた純也が、私の話に笑ってこちらを向いたとき。
口の中で溶かすみたいに名前を呼ばれたとき。
今、死にたい、と思った。
それは真実味のない、ただの感傷ではあったけれど、「もっと生きたい」ではなく「今死にたい」と思っていた。
今ここで時を止めてしまえば、この幸福は永遠になると思ったから。

永遠を望むことは、未来のないことと同じだ。

純也は味見するみたいに私の唇を舐め、いつの間にか落としていたコーヒースプーンを拾う。

「新しいの、持ってくるね」

七年間、純也に抱かれるたび、純也の作ったものを食べるたび、私は解けない呪いにかけられたのだ。
純也にだけ反応する何かが、今も私の中に存在し続けている。

ずっと一緒にいたかった。
何を犠牲にしても、一緒にいようと決めていた。

心が張り裂けるほど好きなままで、まさか自分からその手を離すなんて、想像もできなかった。