バスだとゆっくり二十分かかる道のりも、車だと十五分かからずに到着する。
寺島先生は、住宅街の中を通って、最短距離で私の部屋を目指す。

「先生」

「はい」

「……ご飯、食べて帰りませんか?」

「いえ、やめておきます」

これまで何度となく先生の誘いを断ったくせに、たった一度の拒否で声は震えた。

「……どうして?」

「変に未練を残したくないので」

バスに乗っていると、イライラするくらい引っ掛かる信号が、今日は青信号ばかりが続いていた。
ブレーキを踏むこともないまま、家はどんどん近づいていく。

「先生、お弁当買って行ってもいいですか?」

「コンビニ?」

「いえ、お弁当屋さんで」

「帰ってから行ってもらうわけに行きませんか?」

「だって、ちょっと遠いんです」

先生はそっと、微笑むようなため息をついて、ハンドルを切った。

何度か利用したことのあるお弁当屋さんは、とても静かだった。
注文を終えたお客さんがひとり、イスに座ってスマホを見ている。

私と先生はカウンターでメニューを覗き込んだ。

「俺は海苔弁の鮭」

ほんの数秒で先生は決めてしまう。
うーん、と私は考え込む。
食欲なんてまるでなかった。
どれもこれも情報として目の前にあるだけで、まったくおいしそうに見えない。

「えーっと、えーっと、」

誰か他のお客さんが入ってきたら、お先にどうぞ、と譲るつもりでいるのに、どうしたことか誰も来てくれない。
そのうちに、たったひとりいたお客さんもお弁当を受け取って帰っていき、私の目の前には店員さんが立って注文を待っている。

「海苔弁の鮭ひとつと、」

注文する前から、きっとこのお弁当は食べないんだろうな、と思いながら言った。

「……唐揚げ弁当ひとつ」

店内のイスに並んで座った。
どちらからも話しはしなかった。
キッチンからはじゅうっという揚げ物の音がする。
大ぶりな唐揚げはじっくり二度揚げするはずだから、時間がかかると思ったのに、店員さんの手際はあまりによかった。
お待たせいたしました、と言われて、こんなにがっかりしたことはない。