イルミネーションと言っても、田舎住まいの人間には、駅や銀行で申し訳程度につけているものを、通り過ぎ様に眺めるのがせいぜいだ。

「クリスマスイブですね」

コーヒーショップを出ると、先生は頬を打つ寒風に身体を震わせた。
それでも明るい声で、電気のついていない、ただの歪んだ電線を見てそう言った。
そうですね、とだけ答える。

「あれ、こんなのありましたっけ?」

駅の出入口には、先月から中途半端な大きさのクリスマスツリーが飾ってあるが、今朝はその隣に掲示板のようなものがあった。
先生はそこに貼り付けられている紙を一枚掴む。
風に舞うその紙には、プレゼントのイラストが印刷されていて、それぞれ欲しいものが書かれてある。
駅ビル内にあるこども広場で書かれたものが、今日掲示されたようだった。

「七夕の短冊と同じですね」

夏にも同じようなものが出ていたことを思い出し、うなずきながら手に取った。

『プリンセスのどれすがほしいです』

『しんかんせんにのりたい』

『しろくまちやんのパソコンください』

「これお母さんかな」

『金!!』と書かれた紙に、先生はくすくすと笑う。

「紀藤さんは欲しいものないんですか?」

風にカラカラと鳴る紙の音を背に、職場へと歩き出す。

「欲しいものですか」

マフラーを口元まで引き上げて、私は考え込んだ。
コート、ブーツ、バッグ、手袋、時計。
目につくものを並べてみても、あればいいけどなくてもいいものばかりだった。

「欲しいもの……」

健康、お金、才能、愛、夢、希望、体力、運、もしもあの頃に戻れたら。

「別にないですね、欲しいもの」

職場まで十分の道のりの、半分を使っても、結局そんな答えしかできなかった。

「先生は?」

「なんだろうなぁ。あ、リュックかな。通勤用の」

かわいげも夢もない私たちの願いは、白い息とともに、街にまぎれて消えていく。

溺れるほど多くのものをくれた純也から、形に残るものをもらったことはない。
自分が使うものはすべて自分で選びたい純也に、形に残るものをあげたこともない。
いつでもそばにいるような、いられるような、そんなよすがになる“物”が欲しいと、ねだることもできなかった。

「あ、そうだ」

寺島先生はリュックを肩から降ろし、外ポケットをあさる。

「紀藤さん、どっちがいいですか?」

目の前に、ボールペンが二本差し出された。
一本は紺地に銀色で雪の結晶の模様。
もう一本はベージュに金色で雪だるまの模様。

「昨日本屋に寄ったとき、文具コーナーで見つけたんです。期間限定デザインだって。紺がゲルインクで、ベージュが油性」

多くのものをあえて言葉にしないひとだけど、今はおそらく何の含みもない。
ただの偶然で、先生はあっさり私の思い出に踏み入った。