寺島先生には感謝している。
新川さんの出産祝いをしたくても、三度目ともなると、院内でのお祝いムードは盛り上がらない。
それどころか、たびたびの育児休暇を快く思わない人さえいたのだ。

『今さらですけど、新川さんにお祝いって渡さないんですか?』

寺島先生が素朴な疑問を装って、それを主任にぶつけたのは、九月に入って間もなくのことだった。
休憩室には主任と私しかおらず、先生はまだ暑いこの季節に、熱々おでんを買い込んで入ってきた。

指摘された主任こそ新川さんの休暇に不満を持つ筆頭なので、真顔の奥に、余計なことを言いやがって、という不満を滲ませた。
けれど先生は玉子にかぶりついていて見ていない。
こういう、意図的に空気を読まないところは、まことにあっぱれなひとだ。

『ちょっとバタバタして、タイミング逃しましたね』

主任はそれで話を終わらせようとしたけれど、私に構い続ける根性を持つ寺島先生が、この程度で許すはずはない。

『主任、みんなに声かけてください。院長には私から言っておきます』

『でも、なかなか時間も取れないので』

『大丈夫です。私が何か用意して届けますから』

ひとりでお祝いを渡そうと考えていた私は、そんな寺島先生を頼もしく思ったものだ。
お金や物の問題ではなく、新川さんには気持ちよく戻ってきてほしい。

ところが後日、先生は

『俺、新川さんのご自宅知らないんですよね』

と言った。
駅前のカフェで、先生はモーニングセットを食べている時のことだった。
あの日以来なりゆきで、私は先生の朝食に、ほとんど毎日付き合わされている。

『出産祝いって何買えばいいんですか? 俺、こういうの苦手で』

『紀藤さん、仲いいでしょ、新川さんと』

『一緒に行ってください』

すべてが計算とは言わないまでも、うまく立ち回られた気がした。
新川さんのことなので断れない。
でも思惑に乗るのは悔しい。
返事をしない私を、先生は楽しそうに見ていた。