昨日はとにかく運がなかったのだ。
ひどい雨と風で、いつもより一分だけバスの到着が遅かった。
いつもより渋滞していた。
信号という信号につかまった。

駅でバスを降りたとき、職場には連絡を入れたし、パンツに大量の泥はねを作り、ヒールがつぶれるほど走ったけれど、二分間に合わなかった。
仕事に支障が出るような遅刻ではない。
ひどい天気だもんね、となぐさめてくれる同僚もいた。
しかし、主任にそんな言い訳は通用しない。
普段から私の態度に不満があったようで、挨拶の仕方だとか、休憩室の使い方だとか、関わりのないことまでまとめて小言を言われた。
謝罪をしつつ、実のところ聞き流したのだけど、遅刻ばかりは反省しなければならない。

寺島先生は駅の並びにある蕎麦屋へと足を向ける。

「寺島先生」

「はい」

「私はお先に向かいます」

「でも、鍵持ってるの崎谷さんですよね。ギリギリまで来ませんよ?」

寺島先生が腕時計に視線を落とすので、私もスマホ画面をつけた。
今行くと、ドアの前で十五分は待たないといけないだろう。
空は青みを深め、日差しもどんどん強くなっている。
葉を繁らせたプラタナスも、通りに濃い影を落としている。

「日が当たるところは、もうかなり暑いですね」

心を読んだかのように寺島先生は言って、そのまま歩き出した。
蕎麦屋の戸を開けて、先生が振り返る。

「紀藤さん、早く」

明日からは、忘れず日傘を持ってこよう。
ほんの数秒日なたに立っただけで、身体がぐったりと重くなっていた。
もう、抵抗する元気もない。

寺島先生の朝食は、駅付近にある二軒のコーヒーショップと、カフェと、蕎麦屋を、気分によって使い分けているらしい。

「紀藤さん、昨日の停電大丈夫でした? すぐ復旧してよかったですね」

蕎麦屋といっても蕎麦ではなく、ご飯とお味噌汁と納豆、お漬物という朝定食を食べている。
私は、納豆をかき混ぜる先生の手つきはきらいじゃないな、と思って見ていた。
同時に、納豆ご飯くらい家で食べればいいのに、と頬杖をつく。

「うちは停電しませんでした」

「あれ? そうだったんですか?」

「市内でもほんの一部だったみたいですよ」

強風によって、一部で停電しているらしいとは聞いていた。
どうやら先生の住む地域だったらしい。

「そうでしたか。もう少し長引いたら、紀藤さんを迎えに行こうと思ってました」

ほろほろとこぼれやすい中粒の納豆を、先生は器用に口に運ぶ。

「私を? どうして?」

「だって紀藤さん、絶対災害の備えしてないでしょ」

コーラにストローを差すと、グラスに対してストローが短めだった。
ストローを持つ指先に、炭酸のかけらが触れる。

「先生は備えてるんですか?」

「反射式ストーブとカセットコンロがあるので無敵です」

ストローを回すたび、かろりんかろりんと夏の音がする。
そこにしゅわしゅわと炭酸が華やぎを添えていた。