エレベーターが止まった階は、
特別なゲストが使う部屋が並ぶ
シークレットフロアー。

高額の情報の売買は、
秘密漏洩の対策として
盗聴や防音、もちろん映像でも
24H監視セキュリティ管理を
している。

持ち込まれる情報や、
顧客に渡す情報も形態は千差万別
なだけに、
フロアーでは金属探知機を
体に翳され、携帯電話も
一時預かりされる。

モニターでは電磁波や熱探知も
確認されている中、
担当が
幾重にもゲートセキュリティが
施された端末を持って
ゲストが待つ部屋へ入室をする
徹底ぶりで、
慣れるまでには何度も
わたしは
警告音を鳴らした事を
リヴァイブの最中に思い出す。

それだけコアな情報を、
『商品』として扱い、
類い稀なる情報を欲する客が
後を立たないのだから、
いかにこの企業が深淵な権力を
人知れず握っているのかが
高性能制御を
バックヤードで行われる
このフロアー1つでも
垣間見れて、

わたしは改めて、
ぐるりとフロアーを見回した。

そんな堅固な空気を
フロアー全体に感じつつ
わたしは、重厚なドアの1つを
ノックをしてから

「失礼します。」と

かつてと同じ様に声を掛け、
返してくると覚えている
返事を待つ。

重厚とはいえ、
1枚扉を隔てた向こうに
居るであろう人物の
面影を心に。

『初めまして、だよね。君とは』

そうして記憶していた通りの
台詞を受け止めて、
どこか安心して、

また歓喜する。

初めてカンジと迎合した時と
全く同じ台詞が
もう1度
奥から投げられたのだ
から。

(リバイブは解けてないのね。)

もしかすれば
ドアを開いたと同時に、
カンジと元の時間軸にいた
境内へ戻っているかもしれない
と薄い期待を抱いた
にも関わらず、

初めて迎合した
この日をリフレインする事に
少なからず
鼓動が高鳴る自分を見つける。

(勝手なものね。)

そこには
窓こそ無いが、
内装はモダンで重厚なデスクと
革張りのチェアが迎え合わせに
配置され、

奥には寛げる応接ソファーや
コーヒーマシンも設置された
ラグジュアリーホテルの
ラウンジルームといった
シークレットフロアーの室内が
相変わらず在る。

そうすれば
予定調和よろしく
件の相手がソファーから
徐に手前のデスクへと
笑顔で歩み寄って来るのだ。

(初めて会った日のカンジ、、)

わたしは今、
どんな表情をしているのだろう。
瞳に熱など、宿していない
だろうか。

目の前に立つ男は、
まるで武器など持参して無いと
いう様な素振りで、
人懐っこい雰囲気を
醸し出しながら、
わたしに右手を差し出してくる。

『譲夜咲だ。よろしく。』

そう一言挨拶をしながら
わたしの様子を伺っているのが
解る。

がっしりとした、
それでいて美しい手のひらを
視線で伝って見えるのは、
先にある、筋肉質な肩。

上質なダブルスーツを着こなす
厚い胸板と、
肩に掛かる一房の髪でさえ、
色気が漏れていて、

堅気な職業では珍しい、
頬の傷が
どこか魅惑のオーラを湛えて、
野性的な美形顔が
ニコリと笑う。

握手だ。

「あ、一条です。担当のサトウは
本日席を外してますので、この
度は私がデータ担当を致します
ので、宜しくお願いします。」

すっかり気後れて、
わたしは慌てて右手を出す。

(!、、)
と、
出した手の内側を人差し指で
擦られて、胸が暴れる。
こんな風にされた事を
覚えていなくて、
一瞬胸が疼いてしまう。

(こんな時から、もう反則。)

旧消滅地球の
マリッジリング文化が、
指と心臓の繋がりから
誓いと交わすという教本内容を
一瞬思い浮かべて、
眩暈した。

「譲夜咲様、コーヒーで
よろしかったでしょうか。」

わたしは意識をそらすために、
端末のロックは掛けたままで
然り気無く、
顧客サービスの
一環で常備される、
コーヒーマシーンの前に
自分の位置を変える。

『じゃあ、ミルクだけお願い
していいかな。この成りだ、
ブラックと云いたいがね。』

(知ってる。今思えばカンジも
帝国星系人だから、味覚が
薄い体質だったのよね。)

「かこしまりました。」

初めて宇宙で敵対相手として、
カンジを
操縦式人型機動兵器である
ヒューマノイドアーマーウエポンのコックピットで見た姿をも、
わたしは思い出しながら
ミルク入りのコーヒーを淹れて
彼の前に置く。

(今なら解る。
わたしは、もう此の時には、
捕らわれていたんだ。)

そう言えば、
こんな
やり取りをする間でも、
今後どうやって彼と繋がるかを
過去のわたしは必死に
考えていたのだ。
彼の担当でもないのだから、
チャンスは今日の今だけ。

気が付かれないように溜息。

(ハニートラップって、何時
仕掛けるものなのかが解らない
って、必死で考えていたわ。)

『一条さんは、サトウさんの
同期になるのかな。それとも
後輩?少し若く見えるよね。』

臨時で担当となった相手、
譲夜咲カンジは微笑みながら
向かいのハイバックチェアに
体を預けると、
出したコーヒーを口にする。

「少し後輩ですかね。時期的に
入社が後になっただけです。
だから、ご安心下さい。サトウ
からのデータも、きちんと
引き継いでおりますから。」

わたしは、
タブレットを操作する指を止めて
譲夜咲カンジに笑顔を作る。

『いや別に君の能力を疑っては
いない。気を悪くしたのならば
謝ろう。君だって、入社して
間もなくマスターデーターへの
アクセスが出来る程なのだなと
感心しただけだ他意はない。』

彼は長い指を今度は
コーヒーカップから外して、
わたしに頭を下げた。

「止めて下さい!!譲夜咲様!
わたしも、その様には捉えて
おりません!頭を上げて
下さい、、、、、」

わたしは、
そう声を掛けて譲夜咲カンジに
駆け寄るのだ。
肩に手を掛けて、確か
少し顔を相手に近付けて。

(担当や社内女性と関係を持って
いると噂の相手だもの。それで
下心ごあると思われればと
考えてだったけれど、こんな
子供騙しなやり方、見破られて
いたわよね。その証拠に、、)

わたしが相手を起こす為に
肩にした手に、
彼の手を重ねて、そのまま
両手で包むとポンポンと
指先で、わたしの手の甲を
弾いて
譲夜咲カンジは

少し溜めて、まっすぐに目を
向けて言う。

『君は、優しいんだな。』

言葉とは裏腹に、
わたしの瞳の奥を焼き焦がす
強い眼光で。

そして、
こちらの意図を見出だしたと
甲に下唇を寄せて

笑うと、
彼のむせ返る香りが
足首から頭の先へと登り
詰め寄られる錯覚を覚えた。

(間違いない、過去だわ。)

それが譲夜咲カンジとの出会い。