そういえば、巷で“月下の少女”とかいう女がいるって話してるの聞いたな。


黒い服装の少女。


夜にこんなところで男たちと揉めてる少女なんてそう多くない。


俺はその時、この少女が月下の少女なのだと認識した。


何となく、少女と子犬の時間を邪魔したくなくて、俺はそのまま場を去り、再びonyxに向けて歩いた。


カランコラン…ッ


「お、やっと来た。遅かったな瑞希。」


「公弥さん、遅れてすみません。ちょっと気になる人を見かけたもので。」


俺はそう答えながらマスターの目の前の席に腰掛けた。


「ん?瑞希が気になるヤツって珍しいな。どんな野郎だ?」


「野郎じゃないんですよ。月下の少女って知ってます?その子を見かけたんですよ。」


「あー、なんか最近この辺りで良く目撃情報聞くよな。俺はまだ会ったことないがな。」


「まぁ、彼女が現れるのはトラブルの起こるところだと聞きますし、会わない方がいいんじゃないですか?」


「まぁ、それもそうだな。」


この時、まだ俺も公弥さんも春陽と会う前で、今後、関東連合と月下の少女が関係を持つとは夢にも思っていなかった。


俺は月下の少女のあの自然体な笑顔を思い出し、思わず顔が火照るのを感じた。


俺は公弥さんの話を聞きつつも落ち着かない心を隠すのに必死になる。


なんなんだ…?なんで照れてるんだよ…。