世間では異動シーズンの春。
 うちみたいなショップでは関係ないと思っていたのだけれど。

「早瀬さん、本社から栗原さん来てる。」

 倉庫から在庫を台車に載せて戻ってくるなり、店長に言われた。
 栗原さんは本社で店舗関連を取りまとめている女性の課長さん。
 この時期だと、面談とかそういうのかな、とは思ったけれど、通常、事前に都合のいい時間とか聞かれるはず。
 なんか嫌な話とかだったら、どうしよう。

「ストックに入れるのとかは、他の子に任せて行っておいで」

 店舗の前の通路に、スプリングコートを着て立っている栗原さんと目が合った。

「わかりました。行ってきます」

 慌てて栗原さんの元に行くと、同じフロアにあるコーヒーショップに連れていかれた。

「忙しい時にごめんね」
「いえ」

 栗原さんが奢ってくれるというので、カフェオレのLサイズを頼む。

「早瀬さん、ここのショップで、どれくらいになるんだっけ」
「えーと。もうすぐ丸三年くらいですかね」

 そう言葉にしてみると、自分でも意外に長くやってたんだということに気づく。

「そっか。店長いない時とかも、一人でもまわせるようになったもんね」
「はぁ。でも、最終的に色々決めるのは店長ですけどね」

 この話は、どこに落ち着くというのだろうか。

「そろそろ、早瀬さんも店長やらない?」
「……は?」
「やらない? というか、ほぼ決定なんだけどさ」
「え?」
「今度、新店舗出すんだ。ここなんだけど」

 そう言って、渡されたのは新しくできる美術館のパンフレット。

「ここのミュージアムショップの店長」
「え、何言ってるんですか?」

 この美術館のオープンは、この夏の予定と聞いたことがある。

「他の店舗の店長たちにもあたってみたんだけど、誰もいい顔してくれなくてさ」

 うちの店長も嫌がったのか。
 まぁ、彼氏でもある、集荷に来てくれる筋肉くんと会う時間がなくなるだろうし。
 だからといって、なぜ私?

「早瀬さんも、もう店長任せてもいいかなと思って」
「いやいや、私なんか無理ですって」
「最初は、私もヘルプで入るし」
「いや、それだって」

 この美術館、かなりニュースになってたし、人とかたくさん来そうだし、私なんかができるとは思えないですけど。

「とりあえず、考えておいて。一応、店長にはもう話しついてるから」

 それって、ほぼ決定じゃないですか……。
 しばらく店の話や、他の店舗の話をした後、カフェオレを飲み干すと、栗原さんと別れて店舗に戻った。

「戻りました~」
「お帰り~」

 店長は振り向きもせず、店頭の商品の補充をしていた。

「店長~、栗原さんの話、いつから聞いてたんですかぁ~」
「ん~? 昨日の夜?」
「へ?」
「昨日の夜、早瀬さん帰った後、電話来て、どうかなぁ? って聞かれたから、いいんじゃないですか~? って答えておいた」
「はい?」
「早瀬さんなら、大丈夫だって~」

 ヘラヘラと笑いながら、空になったカゴを片付けに行く店長。
 なんの根拠があって、大丈夫だなんて言えるのよっ! と叫びそうになる。

「まぁ、まだ期間はあるし、マジで考えてみてよ」

 軽く言う店長に、私の気持ちは完全に置いてけぼりだった。