「…幻に決まってる……こんな場所に居るはずはない……」

彼の足は自然に止まる。

本当に諦めきれるはずはない。
困っていた彼女に、ほんの少し手を差し伸べてやった時の、彼女の柔らかな笑顔を見たら忘れられるはずは……

世間を知らない彼女が、自分を頼って来てくれた。
慕ってくれていると、彼女の役に立てていると、実感出来たときのあの喜びは何にも代えがたいものだった。

…それでも自分は彼女の手を振り切った…

半透明な彼女のその姿は、良家の令嬢とは思えない程くたびれていた。


半透明な姿で歩き続ける彼女のそばに幻が見える。

『お父様、私はあの貴族様のもとに嫁ぎたくはありません…』

必死に訴える彼女に、彼女の両親の声が答える。

『もう決まった事だ。』

『私……お母様…!!』

『そうよ、あなたはあの方と幸せになればいいの。』

縋った母親の言葉に泣き崩れる彼女。

『そんな…私には……』


彼が気付くと、次に見えたのは走り続ける彼女の幻だった。
小さな荷物だけを抱え、どこかへ向かって懸命に…


「どこへ行ったんだ……」

自分の作り出した幻であるかもしれないにも関わらず、娘の安否を案じてしまう。

あんな身軽な姿で屋敷を飛び出し、世間を知らない彼女に行ける場所があるとすれば……


『…時が止まってくれたらと、私は何度も願うの…。あなたといられるこの場所は、私にはとても幸せな場所に思えるわ…』

『そんなにこの場所がいいか?何もない街外れだ。俺しかいない…』

いつか交わした会話。
彼には聞こえなかった。彼女が目を瞑り呟いた、想いの込もったこの言葉を。

『…それがいいの…私のそばにあなたがいてくれたら、それだけで……』


思えばそれは二人きりのささやかなひとときだった。

自分を探してくれているのかもしれない…そう自惚れてしまう。
しかし彼女は街の外には出たことが無い。何も知らないまま自分を探しに、街の外に出ていたのだとしたら……