「生きてなきゃ」
 生きている子たち。犠牲って言葉は成り立たないのか。

 わが子同然の、大切な子たちが元気になれたのは、実習の子たちのおかげだなんて愕然とした。

 それでも、心の中で手を合わせ、命をありがとうと言うことでしか、私たちには償うことはできない。

「俺たち獣医師になった人間は、資質や才能を具有する。獣医師に成るべくして成った、選ばれし人間なんだよ」

 吹っ切るように寂しそうな、それでいて誇らしげな複雑な微笑み。
 その微笑みが哀しさなのか強さなのか、私にはわからない。

 いくら海知先生が打ち明けても、私たちにはすべての想いは、半分も伝わらないかもしれない。
 それでもわかりたい。

「自信に満ち溢れた、前向きな海知先生に支えられて助けてもらってるから、私もお役に立ちたいんです」

「ありがとう、星川は少しずつ成長してる。仲秋にとって欠かせない存在だよ」

 羽毛のような海知先生の柔らかな微笑みは、私の心をすっぽりと優しく包み込んでくれる。

「海知先生の、海知先生の」
「ありがとう、星川は仲秋だけじゃなく、俺にとっても欠かせない存在だよ」

 欲しかった言葉をもらえて、口角と頬が緩むのが自分でもわかった。

 海知先生の役に立てていることが、なによりも嬉しかった。

「これから、獣医療の現場では、ショッキングなものを見なきゃいけないときが、かならずやってくるんだよ」

 噛み含めるように、優しく話してくれる口調は、私のショックを和らげるためなんだってわかる。

「オペでは、血液や内臓を切ったり縫ったりするのを、その目で見るときがくる」

 覚悟は決めている。それは、“つもり”になっているだけかもしれないけれど。

「今回の子猫たちは、あの院長の仲秋だから、助かったんだ」

 もし、トコナッツが他院に持ち込まれていたらと思うと、心がダメになりそう、吐き気がする。

「これから、ショッキングな現場で、気持ちが押し潰されそうになったら吐き出せよ、現場は想像以上につらく苦しいものだ」

 返事のしるしに頷く。

「仲秋での動物の死は、まだいい。今できるかぎりの手を、全力で尽くした結果の免れない死だから、それは仕方がないことなんだよ」

 『理不尽な死じゃないから、納得できる』って。

 これから、私が仲秋で動物と接するかぎり、かならずおとずれる負担を、少しでも軽くしてくれる海知先生の優しさが、言葉の端々に感じられる。

「つらい人を見てると、手に取るようにわかる。平気な顔をされると、よけいにつらいもんなんだよ」
 あれもこれも思い当たる節がある。

「すみません」
「謝るなよ、俺が勝手に心配してるだけだから」
 私に気を遣わせないために、心に負担をかけさせないために。

 それに、ふだんは私をからかうのに、本当はとても心配してくれている。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

 短く薄い三つの影が、初夏のアスファルトに、果てしなく影を落としていった。