「僕も友だちや、友だちの犬や猫の力になります」

 背すじを伸ばし、姿勢よく座る姿は、名前の通り、凛とした男の子で逞しくさえ見える。

「海知先生からの言葉に私たちは助けられました。おかげさまで、とても納得のできる看取りができました」

「ベルクは大好きな僕の部屋で、お母さんに抱っこされて、お父さんと僕に撫でられたんです」

 永喜さんの隣では、凜一くんも幸せそうに微笑んでくれた。

 子どもでも、愛犬の死を想い出したときに、こんなに穏やかな微笑みを浮かべられるんだ。

 ベルクの想い出話を聞かせてもらってから、初めてメーアが、がんに罹ったときの話になった。

「当時、海知先生からは、経口の胃の悪性腫瘍の新しい治療薬が承認されて、まだ数年とお聞きしました」

 院長と海知先生が話していたのを聞いたことがある。

「帰宅して、主人や凜一にも、メーアの病気の説明をしました」

 その後は、どのオーナーでも、ほとんどがするように、ご家族で病気について調べたそう。

「自分たちで調べても、病名のあまりの大きさに、悲観的なことしか頭に入らなかったんです」
 
 症状の進行度や後遺症や再発とかの言葉が目に入れば、どんなに屈強な精神の持ち主でも、前向きな強い気持ちの持ち主でも、一度は(くじ)けちゃうと思う。
 
 がんは、できた場所や形や大きさ、すべてが個体によって違う。

 だから、病状や治療法や予後や余命。
 調べたものが参考になるかといえば、なんとも言えない。

「次の診察で重い気持ちを打ち明けたら、海知先生が『この薬のある時代に、この病気になったのは、ある意味ラッキーです』って」

 なんて素晴らしい言葉なんだろう、こんなにオーナーに元気を与えて励ませる言葉はない。

 前向きな海知先生らしい言葉に、私まで元気をもらえた。

 その薬がないときに、もしおなじ病気になってしまっていたら、どれだけ激しく死ぬほどの酷痛を味わっていたことか。

 それを考えたら海知先生の言う通り、今いい薬があるときに病気になって、ラッキーだったと思える。

「あのときの海知先生の言葉を支えに、数年間メーアは、この経口のお薬を飲みつづけて、完全寛解にまでたどりつきました」

「僕は海知先生に言いました。『海知先生の言うことは絶対だから、一から百までぜんぶ信じる』って」

 凜一くんが、メーアのつらく厳しい治療を見ながら、一生懸命に全力でメーアに尽くす、海知先生に言ってくれた言葉。

「もし、海知先生が落ち込んだときがあったら、海知先生は凜一くんの言葉を思い出して、励まされてるね」

 私の言葉に凜一くんが、嬉しそうに顔を輝かせ、得意そうに胸を反った。