「ゴールデンは、なりやすい犬種だけど大丈夫だった。遺伝の影響もあるから、骨や関節が丈夫な血統なんだよ」

「遺伝の影響もあるんですね」

「大型犬は、体の成長に骨や関節がついていけないから、成長してきれいな歩行になるまで二、三年かかる場合がある」

 そんなにかかることもあるんだ。

「頭の中がおとなになるのも同様。テンダーだって、体つきは一丁前だけど、まだまだ子ども」

 海知先生が思いついたように、指を鳴らした。

「うちには体つきも頭の中も、まだ子どもみたいなのがひとりいる」

「いない人のこと、悪く言ったらダメですよ」
「星川のことだよ」

 ランスから私に視線を移して、からまるランス相手で塞がっている両手の代わりに、顎を突き出してきた。

 言葉でわかったって。顎を使ってまで、とどめをさしてきた。

「ほんとに口が悪い」
 独り言が聞こえてませんように。

「“吠える犬は噛みつかぬ”って、ことわざがある」
 私が知らないの前提で質問してこない。

 海知先生の予想通り、今のことわざ知らなかったけどね。

「臆病だから、吠えるだけで噛みつかないってことですか?」

「違う。いろいろうるさく言う人は、実は案外悪意がないものだ」

 見つめてくる大きな目は、見透かしてるぞって言っているみたいに、活発に飛びはねる。

 独り言のつもりが聞こえていたんだ。

「たしか、俺は口が悪いんだったよな?」
「私は、ばつが悪いです」

 吠える犬は噛みつかぬって、海知先生のことだってわかった。
 海知先生のためのことわざが、この世に存在したんだね。

 さっきから海知先生が、親しみを込めて“ちびすけ”って呼んでいる子。

 シェルティの樫葉(かしば)ランス。二歳の男の子だって。

 四六時中、休むことなくちょこまかちょこまかしていて、じゃれついてきたり、あり余る元気を持て余して落ち着きがない子だ。

「もともと牧羊犬だから、動くものに反応するんだよ」
 だから、瞬発力があって、俊敏な動きで落ち着かないんだね。
 笑顔が好奇心旺盛な、屈託のない顔しているもんね。

「シェルティはペットとして、のんびりした気質に改良されたけど、たまに本来の牧羊犬気質の子が生まれる」

「ランスは、そのたまにの牧羊犬気質の子なんですね」
「そう、珍しく出てきた子だよ」

 仰向けになって、お腹を出すからくすぐってあげると、人間の赤ちゃんみたいに嬉しそうな顔をする。

 今にも笑い声が聞こえてきそうだから、可愛くて撫でなでがやめられない。

「ランス、あなた元気ね、元気すぎるくらい、わっ」

 と思ったら、すぐにくるりと体を反転させて起き上がり、全力でお尻を振りながらじゃれてくる。

「ところで、こんなに元気がよくて、どこが悪いんですか?」