気づけば海知先生の腕の中に、すっぽりと収まっていて、顔がくっつきそうなくらい距離が近い。

 なにが、どうして、こうなったの?

 お互いの鼻の先が今にも触れそうだから、鼻も喉も呼吸を止めて、じっと海知先生の顔を見つめたまま動けない。

「このままだと抱きつかせるために、俺が口実を作ったみたいに見える。そろそろ離れてくれないか?」

 海知先生が両手を八の字に広げて、肩をすくめる。

 それと同時に整った顔が急に崩れると、喉の奥からくすくす笑い声が漏れてきた。

「失礼しました!」
 人は驚くと、われに返ることもあるのか。

 意識が戻ってきて、周りの景色も状況も、はっきりと見えてきた。

「邪魔でしたよね、すみませんでした」

 もう、この慌てん坊の性格ったら、どうにか直らないかな。
 恥ずかしさで、いたたまれない。

 海知先生は、美丘さんを通してあげようとした。
 そのとき、真ん中に立っている私は邪魔だった。

 だから海知先生は、道を開けるために、私の肩に触れて自分の側に引き寄せた。

 その行為に驚いた私が、パニックで焦って慌てて、なぜか海知先生に抱きついてしまい、動かなかった。

 事の顛末は、こういう訳。

 ただただ、一方的な自分の間の悪さが申し訳なくて、海知先生と美丘さんに平謝りした。

「なんてことないわよ、顔を上げて、おはよう」
「おはようございます」
「今日で星川さんと会うのは二度目ね」

 面接以来、久しぶりに会った美丘さんは、今日も頭頂部で結んだ黒髪のポニーテールが凛々しくて、にやけそうなくらい惚れぼれする。

 ヘアスタイルに似合う、切れ長の涼しげな目もとは、私の恥ずかしがる心を見透かしてはいないかと、瞳の奥を覗いてしまう。

「今日からは、お客さんじゃないわよ、よろしくね」
「よろしくお願いします」

 紋切り型の挨拶を済ませると、海知先生が待っていたように口を開く。

「美丘さん、この子の体には、電流が流れていますよ。さっき、僕の腕の中に飛び込んできたときに、ビリビリしびれました」

「私の体に電流がですか? 本当ですか!?」
「冗談に決まってるだろ」

 明るさが溢れるような笑顔を振り撒き、冗談に変えてくれた。

「海知先生ったら、本当に冗談がお好きですね、毎日が楽しいです。さて、私は受付に行きますか」

 ポニーテールを左右に振りふり、美丘さんが足早に引き返した。

 受付準備かな、忙しそう。

「な、さっきも言った通り、あまりにも美しいものを見ると、人間は見惚れるよりも笑っちゃうんだよ」

 それは美丘さんもだし、海知先生って、俺の顔も目を見張る美形って、自分で言っているようなもの。