「あのその、スクラブを着ていらっしゃるから、単純に疑問に思いました」

「もう興味は、俺の外見からスクラブに移ったのか、早いな」

 海知先生は視線を外して、大きな肩を揺らして笑っているけれど、私がどきどき動揺しているのバレた?

「オペじゃないんだ、スクラブは自分の中では制服のつもり、楽でいいんだよ」

 口もとをほこらばせると見える歯は白くて、歯並びまできれい。

 沈黙が怖いくらいに、どきどきが止まってくれない。なにか話題を振るんだよ、私。

「海知先生の海知って珍しい名字ですね。海で“かい”に、お知らせの“し”で、“ち”」

「おい、初めてだよ、年下に呼び捨てされたの。しかも、お知らせの“し”って。普通は知識の“ち”とか、知的の“ち”だろ」

 会話は止まり、それにとって変わり、海知先生の笑い声が広がる。

「ごめんなさい」
 なんかもう失礼なやつだよ、私ったら。それを笑い飛ばしてくれるなんて。

「そうだ、忘れないうちに」

 海知先生が自然な手つきで、青いクリップ型の小さなバッジを、胸もとのポケットにはさんでくれた。

 今の海知先生の温かな指先の感覚。

 バッジをはさんだしなやかな指先が、薄い白衣の上を滑るように下りてきて、胸に海知先生の指の熱い感覚が、線を引くように、はっきりと伝わってきた。

 あまりにも急な出来事で、鼓動さえも驚いたように、どきんと大きく響く。

「ルミネスバッジ。レントゲンの被ばく量を調べる個人放射能測定器だよ。交換は毎月一回、俺が担当」

 頭の上から足の爪先までしびれた感じで、魂を奪われたみたいに、ぼんやりしてしまい、海知先生の説明が遠くに聞こえて、頭に入ってこない。

「海知先生、セクハラですよ」
 突然の背後からの女性の声に、私の体はびくんとなって、反射的に肩が上がった。

 急に声がしたからびっくりしたよ、心臓が飛び出るかと思った。

「美丘さん登場、今の僕のがセクハラとは、厳しいな」

 今の一部始終を美丘さんに見られたのかと思ったら、恥ずかしさが込み上げてきた。

「美丘さんを通してあげてくれないか? 少しこっちに、よけてあげて」

 耳もとで、海知先生の囁きが聞こえたと思ったら、軽く肩先に触れられて、そっと引き寄せられた。

「おっと、どうした?」
 
 息がかかりそうなほど、近い距離まで引き寄せられたはずなのに、冷静で穏やかな優しい声が、遠くに聞こえる。

 なにが起きたかわからず、ただただ仰ぎ見れば、目尻が下がった柔らかな海知先生の笑顔が、目の前に飛び込んできた。