「すみません」
 無理して笑おうとするから、かえって強張っちゃうな。

「見事な愛想笑いだな、まるで絵に描いたような、見本みたいな愛想笑いだな」
 広い肩を揺すりながら笑われた。

「止めちゃってごめん、自己紹介だったな、進めて」
 
「初めまして、星川 夏海(ほしかわ なつみ)です。今日からお世話になります、よろしくお願いします」

「初めまして、俺は海知 朝人(かいち あさと)。百戦錬磨の敏腕獣医、よろしく」

 こういうことも自分で言う、よほど自信があるんだ。

「海知先生」
「なに?」
「すみません、別に用はないんです。よくわからないんですけど、名前を呼んでしまいました」

「名前を呼ぶほど、俺になんとかか?」

 や、もうあまりに美しいから、愛想笑いを浮かべて、絵に描いたように「えへへへへ」って声が出ちゃった。

 気持ち悪いでしょ、穴があったら入りたい。
 ちょっと海知先生も引き気味で、片側の口角と頬を歪ませて、私の出方を見ている。
 
「まだ言うことがあるだろ、飲み込んだ言葉を吐き出せよ」
 口は悪いけれど、言い方は優しいんだ。

「そんなに飲み込んでて、息もできないほど俺になんとかか?」

 長身をたたむように屈んで、私の顔の近くまで、きらきらした笑顔を寄せてくる。

 ちょっと、近いって。きっつきつの満員電車の中で、いろんな人と顔が近くなったけれど、どきどきしたなんて初めて。

「聞いてんの、俺になんとかか?」
「い、い、いいえ!」

「でかい声を張り上げんなって、イエーイって、ここは野外フェスかよ」
「すみません」

「元気があっていい、好きだよ、そういうの」

 好き......好きだって、顔が熱くなる。

「俺から言われたら、どんな好きでも勘違いするよな」
「しません、違います、今度こそ違います」

 しどろもどろな言葉と、派手なジェスチャーが、ちぐはぐなのは自覚がある。

 海知先生、この人、いったいなんなの?

 今の私ったら図星を当てられて、うろたえる見本みたいに見えているでしょ。

 さあ、なんとか、この場を取り繕わなくては。

「こんなに朝早くからオペですか」

「今日は急患や緊急オペは、なかったよ。どうして、そんなことを聞くんだ?」

『今日は』って、しょっちゅう、朝から急患がくるのかな。忙しい動物病院なの?

 それにしても、スクラブから伸びる筋立つ腕の逞しさよ、惚れぼれする。

「おい、どこに行った? 俺の質問に答えろよ」
 まずい、あまりにかっこよすぎて、また意識が遠くにいっちゃった。