「テツ、いっしょにがんばろうね、大丈夫だからね」

「磯村さんに、緊急オペの必要性とリスクを説明して、オペの同意を得て来て」
 泉田先生が美丘さんに指示を出した。

 と、そこへけたたましく電話の着信音が鳴り響き、泉田先生と目配せをした美丘さんが受付へ引き返した。

「まさか、また急患ですかね」
「わあ、もう猫は勘弁」

「そういえば、泉田先生凄いじゃないですか、猫の治療してます」

「私と猫のツーショットなんか貴重だよ、よく見ておいてね」

 緊迫した空気に包まれる中、たまに泉田先生が冗談を交えて、和ませてくれる。

 磯村さんからオペの同意を得たから、さっそく緊急オペの準備に取りかかる。

「膀胱の破裂がハッキリしたから、あとは緊急オペで、膀胱の破れを塞ぐだけだよ」

「よし、もうあとひといき、がんばりましょう。テツもがんばろうね」
 両手でガッツポーズを決めた。

「星川さんって、笑っちゃうくらい度胸いいね。それに、よく動けるようになったよ」
「ありがとうございます!」

 数分後、ナースシューズが廊下できしむ音とともに「急患です」と、メモを片手に美丘さんの声が近づいてきた。

「うちの患畜? 犬、猫? 状況は?」
 まったく慌てる様子もなく、泉田先生が飄々と美丘さんに質問している。
 
「へえ、そっか」
 美丘さんの説明にも、いつも通り、のんびりとした反応。

「美丘さん、すぐに海知くんに連絡して。小川さんのころから、オンコールには慣れっこだから、飛んでくるよ」

「結婚式なのに申し訳ないですね」
 ひとり呟きながら、美丘さんは受付に向かった。

 脈拍や血圧などのバイタルサインを知らせる無機質な機械音にまじって、慌ただしく走る美丘さんの足音が、遠くに消えて行く。

「急患が重なりましたね」

「三次救急や二次でも、近隣に他院がないところは言わずもがなで、いつなんどき、なにがくるかわからないのよ」

 競合病院がないから、有利といえば聞こえはいいけれど、こういうときが大変なのね。

 先生たちは、逆に急患がくると、獣医魂に火がついて、自分がやらねばだれがやるって、使命感に燃えるって口を揃えて言う。

 全身麻酔下でテツの破裂した膀胱を修復中、「どっちが先に到着するかな」って、泉田先生の淡々とした呟きとは逆に、私の心は焦ってしまいそう。

 海知先生じゃなくちゃ困る。先に急患がきちゃったら、だれが処置するの?