ホワイトボードに記されているのは、三歳のサビ猫の男の子、名前はテツ。
 オーナーの名前は磯村さん。

 車に轢かれたようで、自力で帰宅するも、ぐったりしている。
 完全室内飼育だけれど、今日は脱走していた。

 しばらくして、私くらいの歳の女性がサビ猫をタオルにくるんで到着した。
 テツだ。テツは、そのまま泉田先生に引き渡された。

「星川さん、介助お願い」
「はい」
 泉田先生のあとを追うように、診察室に入った。
 
 意識レベル、呼吸は正常。泉田先生が腹部を触診したら痛がった。

「テツ、大丈夫だよ、いい子ね」
 怖がらないで大丈夫だからね。

 テツの意識は正常だから、痛みはもちろん感じている。

 この緊迫した光景は、テツにとってかわいそうなくらいストレスになってしまう。

「テツ、テツ、がんばろうね」
 テツ、安心して、あなたはひとりじゃないからね。

 受付では、美丘さんが磯村さんから状況を聞いている。

「獣医師と看護師に救急対応を任せてください、一生懸命、看護させていただきます」
「よろしくお願いします」

 磯村さんは、まだ、よく状況が飲み込めていないようで、美丘さんに他人事みたいに冷静に状況を説明している。

「生殖器からの出血あり、まずはX線だ」
 テツを抱いて、泉田先生のあとについた。

「泉田先生、プロテクターどうぞ」
「ありがとう。小柄な星川さんが装着すると、プロテクターが歩いてるみたいで可愛いね」
 
「ありがとうございます」

 お礼は、可愛いって言葉にじゃなくて、私をリラックスさせてくれようとする、泉田先生の温かな心遣いに。

「陰茎骨に骨折はなさそうだな」

 X線撮影のセッティングをする泉田先生に質問した。
「猫の陰茎って骨があるんですか!?」

「生物学的にみれば、人間の男性みたいに、陰茎骨を持たない方が不自然なの。その話は、また今度ゆっくり」
 
 そのあと、泉田先生が付け加えた。
 
「海知くんにでも聞いてごらんよ」
「とんでもない、嫌ですよ、恥ずかしいです」
 海知先生なんかに聞けっこない。

 泉田先生ったら、にこにこしながら、私を見たかと思ったら、X線フィルムに視線を移した。

「X線でも、膀胱の損傷が確認できないわ。こりゃ膀胱破裂を起こしている可能性大だな」

 膀胱破裂が疑われると推測した泉田先生は、膀胱造影など数々の検査をおこなう。

 それにより、泉田先生の所見通り膀胱破裂が判明。

 並行して血管確保、輸液治療を開始。

「美丘さん」
 処置をしながら、泉田先生が美丘さんに病状を説明している。

「膀胱が破裂してる。尿がお腹の中に漏れ出したら、このままだと尿毒症と高カリウム血症が悪化してくる」

 そんな......

 テツ、痛いでしょ。どんなに耐え難い痛みなのか。