「さてと、スケジュールびっしりだから、受付に行きましょう、その前に」

 見かねた美丘さんが、雑談で二人の流れを変えてから、受付に戻って行った。

「結局、みんな、肉が好きだってことだよ」
 気を利かせてくれた美丘さんの雑談で、肉の“に”の字も出てこなかったのに、また戻った。

「泉田先生、丸く収めたつもりですか」

「はい、泉田先生、私も好きです。どんなときでも食べたくなっちゃいます」

 海知先生が納得いってない様子だから、雰囲気を変えようと、泉田先生の言葉に元気に答えた。

「オペ中に、電気メスで切除してるときの、切除部位の焼け焦げた匂いが、食欲をそそるんだよねえ」

 視線を宙に向けた、泉田先生の幸せそうなふんわりした微笑みには、まだ共感できない。
「あの香ばしい匂いが、たまらないんだ」

 っていうか、また話をそっちに戻すの?

「な、星川、修羅場をくぐり抜けた末の、強者の成れの果てだ」

「成れの果てとは言ってくれるよね。私、そこまで落ちぶれてないよ」

 海知先生は泉田先生と仲良しだから、こんなツッコミができるんだ。

 まあ、きついツッコミしたくなる海知先生の気持ちの方がわかる、泉田先生の感覚にはついていけない。

「ねえねえ、海知くんだって、肥満のスタンダードダックスの太もも見たら、かぶりつきたくなるでしょ」

「んなん、なるか」
 海知先生が、泉田先生に聞こえないような小声でつっこんだ。

「肉に含まれる、たんぱく質のアルブミンが低い人ほど早期に死ぬよ」

「急にですか?」
 とんでもないものでも見つけたような顔で、海知先生が呆気に取られている。

 一点集中で、脅すように私に視線を馳せる、泉田先生の目と目が合った。

 目が合ったら石にされちゃうんじゃないかって、昔話の妖怪みたいな目で見てくるから怖いよ。

 なんなの、泉田先生って肉の神様かなんかなの?

「それは嫌です。食べます、食べます! 一生、肉、肉、肉、食べます!」

 うんうんうんうん、同意のしるしに不安で首がちぎれそうなほど頷く。

 魂を吸い取られるんじゃないかと思う目が怖くて、勢いよく首を振ったから、めまいがしそう。

「たしかに肉を食することは、感染症に効果がありますし、免疫力が高くなり、病気のリスクが低くなりますね」

「海知先生くん、ようやくわかってきたね。特に豚肉」

「でもね、最後の言い方です」
 海知先生が、泉田先生をなだめるように見たかと思ったら、心配するなみたいに私の方に向いた。

「泉田先生の言う『早期に死ぬ』は、極論だから気にするな」
 海知先生の言うことなら、なんでも信じられる。

「ねえねえ、海知くん」
「なんですか?」
 出た、泉田先生のねえねえ攻撃。