「飛び込みか。連絡をくれてたら、樫葉さんと連携で、手際よく救急処置が施されるのに」

 オペ用の手袋に息を吹きかけ、装着しながら、泉田先生が急患を迎え入れる準備を始める。

 海知先生の腕の中では、息も絶えだえで血に染まるタオルに包まれたランスが抱かれていて、すぐにオペ室に入った。

「私のランスになにするの、連れて行かないで! ランスを助けて!」
 ランスと引き離された樫葉さんが、パニックになって取り乱して叫んだ。

 ランスが離れた樫葉さんの手からも、出血している。
 血に染まっていたタオルは、樫葉さんの血でもあったんだ。

 樫葉さんの手にタオルを当てたら、髪を乱しながら怒鳴られ、腕を払いのけられた。

「私に触らないで! ランスの血は私のなんだから拭きとらないで! あっちに行って!」

 パニックになると、わけがわからないことを口走るんだ。

「先生方に救急対応をお任せましょう。状況を落ち着いて説明してください。樫葉さんからの情報で、優先順位のある処置や検査が変わることがあります」

 美丘さんの冷静で穏やかな声に樫葉さんが正気を取り戻して、壁にもたれ、力の抜けた体を壁にこするようにして、待合室の椅子に腰を沈めた。

「事故に遭うと、動物は神経過敏になりますし、痛みや衝撃でパニックになります。飼い主さんでも他人でも、見境なく噛んでしまうんです」

 美丘さんが話しながら、ランスが噛みついた樫葉さんの腕の応急処置も施している。

 痛々しいけれど、当の樫葉さんは興奮状態だからなのか、痛みを感じていないみたい。

 痛みで噛みつくって、ランスはどんなに痛くて怖かったか。

「首輪が抜けて、ランスを追いかけたら幹線道路に出てしまい、車は数台は避けてくれたんです。でも反対車線で、ついに......」

 樫葉さんが泣き出してしまい、そのあとが聞き取れず。
 樫葉さんの情報だけが頼りなの、頼みの綱なの。

「星川さんはオペ室に入って、先生たちの介助をして」
「はい」
 私にできることを見つけて、一歩を踏み出すんだ。

 オペ室では、スピーカーから待合室の会話が聞こえ、それに合わせて処置が施されている。

 チアノーゼが出現しているから、酸素吸入をして、体には幾本ものチューブがつながれ、さまざまな救命器具とつながっている。

「ランス」
 思わず声が上がってしまった。

 うつろな目は、力なく消え入るように閉じてしまった。
 すまなそうな目をしたランス、優しいんだね。

「ランス、がんばろうよ」
 声は聞こえるよね、ランスがんばって。先生たちも私も一生懸命がんばるから。

「ランスに声をかけてくれてありがとう。大丈夫、星川ならできるから落ち着いていこう」

 殺気立ってもおかしくない緊急オペでも、いつもと変わらず、優しく微笑んでくれる目と目が合い、私の心は安定する。

「目撃してましたか? 車のスピードは?」

 ひとたび処置になったら、感情を表に出さず、心を動かさない海知先生が淡々と質問する。