「まだ新人だと思ってたのにな」
 感慨深い顔をしていないで、そのゾクゾクを教えてよ。

「指導してる星川の、心技の目覚ましい進歩を目にするたびに、ゾクゾクするんだよ」

「ゾクゾクするんですか?」
「ああ、喜びでゾクゾクする。格別の嬉しさだよ」

「私は」
「そうだよ、俺をゾクゾクさせる」
「海知先生をゾクゾクさせるくらい、私は成長してるんですね?」

「単なる、その場に留まる成長よりも、飛躍的にいい方へ向かって進歩してる」
 いつも海知先生は、率直に私を褒めて自信を与えて伸ばしてくれる。

 まだまだ実力不足なのは、自分が一番よくわかっている。それに、海知先生もわかっている。

 でも、海知先生の言葉に救われてパワーをもらえている。それも、海知先生はわかっている。

 だから、私が萎縮しないように褒めて、最大限の力を発揮できるような環境を、積極的に作ってくれる。

「星川は仕事ができるようになったら、いずれ俺のもとから、自然と離れて行くって、前に言ったよな?」

 仲秋にきた、最初のころに言われたのを覚えている。

「実際、俺がいなくても、ひとりでできるようになったことが多くなった。自覚があるだろ」
「小さくて目立たないことですが」

 最近、少しずついっしょにいる時間が減ってきてはいる。

「患畜の顔のすぐ上に、点滴がぶら下がってたり、その管が顔や首にかかっているままなのは、患畜は相当気持ち悪いだろう。 目を配って、そのたびに直してあげてたよな」

 些細なことでも、いつもしっかりと見ていてくれたんだ。

「意識はあるのに、顔や首の回りが落ち着かないと、動物だって休めないし嫌だよ」

「ただでさえ、苦痛や痒みや不快感があるのに、慣れない場所でオーナーとも離ればなれ。不安や心細さを、少しでも解消してあげたいんです」

「意識レベルがいいのに、手足のコントロールが悪く、意思表示の方法が制限されている患畜にも、星川は不適当な扱いをしない」

「意識はしっかりしているのに、意思表示ができないもどかしさや苦痛は、動物だって人間といっしょだと思うんです。気持ちをくみ取って、楽にしてあげたいんです」

「動物は、口が利けず文句が言えないんだから、なるべく心地よくしてあげたいよな」
 海知先生からは、動物を敬う心が伝わる。

「病気で、つらいのにがんばっている動物の助けになれるように、私はできるかぎりの力を注ぎたいんです」

「些細な星川の気配りや心配りが、俺たち獣医にとって、治療がしやすくて助かってる、ありがとう」

「私は動物にも海知先生たちにも、いいことをしたんですね。幸せホルモンが、たっぷり溢れ出します」

 海知先生に褒めてもらうのは、慣れているはず。

 それなのに、なぜか今は、うなじがくすぐったくなるくらいに気恥ずかしい。

 夕日の赤い光に照らされて、並んで歩く、私たちの短い二つの影が、重なり合うように地面に移る。

 ──ぜんぶ大好きだから
海知先生の影さえ踏めない──