保定に呼ばれない。食欲なし、元気なし、保定もいらないくらい衰弱しているんだ。
だから、保定は必要なしなのか。
カルテの表紙に目を落とした。七歳の高齢猫、名前は三ツ島 梅吉、糖尿の持病もあるんだ、そっか。
ただでさえ、動物には会話能力がない。
それでも正確に病歴を把握して治療するって、獣医の頭の中で、たくさんの治療法を組み立てているんだろうな。
“複数疾患を併存しているため、守備範囲が広くなる”そう、カルテに書いてある。
海知先生の字だ。うっかりなのかな、たまに母国語だからか英語が混じっている。
どんな意味なのか、海知先生がお手隙のときに聞いてみよう。
それに、どうして対処療法のみになったのかが、気にかかる。
「補液の用意は終わった? 受付にカルテ回してね」
「すみません、ただいま」
カルテを閉じて、慌てて美丘さんに渡しに走った。
「もしよかったら、今日どう? 土曜の午後は予定ありかな? 泉田先生も大丈夫だって」
「いいんですか、よろしくお願いします」
「よし、決まりね」
「ありがとうございます」
土曜は午後が休診だから、美丘さんと泉田先生が、平日の夜みたいに勉強会を開いてくれる。
おかげで、少しずつだけれど、できることが多くなったような気がする。
海知先生の教えである、確実にできることっていうのがね。
珍しく、わりと穏やかな時間の流れだったのに、妙に受付が慌ただしい。
「海知先生、いらっしゃいます?」
受付から小走りで、私の前を通りすぎた美丘さんが海知先生に、なにやら説明している。
教育係の海知先生と行動をともにするから、なにも言われないかぎりは、海知先生といっしょに診察室に入る。
内診がないってことは急患ってこと、なにがあったの?
「こんにちは」
「どうも」
挨拶をする海知先生の前には、恰幅のいい父親らしい男性。
その隣には、兄弟であろう八歳くらいの男の子と六歳くらいの女の子が立っている。
立っているっていうか、今にも泣き出しそうな女の子と、泣くのを必死にこらえているお兄ちゃんが立ちすくんでいる、って言う方が合っている。
「子猫を先生にあずけてくれるかな?」
海知先生の問いかけに、お兄ちゃんが抱いていた小さな子猫を、言葉もなく海知先生に差し出した。
ぐったりしている子猫を、海知先生が宝物を抱き締めるように、自分の胸の中に収めた。
子猫の体は微かにさえも動かず、口からは紫色に変色した舌が尋常ではない長さで垂れ下がり、目は半開きで焦点が合っていない。
これは、すでに......
「どうなさいましたか?」
海知先生は状況を聞きながら、呼吸と脈拍、心拍の停止、最後に瞳孔をチェックした。
状況がわかっているのか、女の子が肩を震わせ始めると、同時くらいに女の子に目もくれず、父親が口を開いた。
だから、保定は必要なしなのか。
カルテの表紙に目を落とした。七歳の高齢猫、名前は三ツ島 梅吉、糖尿の持病もあるんだ、そっか。
ただでさえ、動物には会話能力がない。
それでも正確に病歴を把握して治療するって、獣医の頭の中で、たくさんの治療法を組み立てているんだろうな。
“複数疾患を併存しているため、守備範囲が広くなる”そう、カルテに書いてある。
海知先生の字だ。うっかりなのかな、たまに母国語だからか英語が混じっている。
どんな意味なのか、海知先生がお手隙のときに聞いてみよう。
それに、どうして対処療法のみになったのかが、気にかかる。
「補液の用意は終わった? 受付にカルテ回してね」
「すみません、ただいま」
カルテを閉じて、慌てて美丘さんに渡しに走った。
「もしよかったら、今日どう? 土曜の午後は予定ありかな? 泉田先生も大丈夫だって」
「いいんですか、よろしくお願いします」
「よし、決まりね」
「ありがとうございます」
土曜は午後が休診だから、美丘さんと泉田先生が、平日の夜みたいに勉強会を開いてくれる。
おかげで、少しずつだけれど、できることが多くなったような気がする。
海知先生の教えである、確実にできることっていうのがね。
珍しく、わりと穏やかな時間の流れだったのに、妙に受付が慌ただしい。
「海知先生、いらっしゃいます?」
受付から小走りで、私の前を通りすぎた美丘さんが海知先生に、なにやら説明している。
教育係の海知先生と行動をともにするから、なにも言われないかぎりは、海知先生といっしょに診察室に入る。
内診がないってことは急患ってこと、なにがあったの?
「こんにちは」
「どうも」
挨拶をする海知先生の前には、恰幅のいい父親らしい男性。
その隣には、兄弟であろう八歳くらいの男の子と六歳くらいの女の子が立っている。
立っているっていうか、今にも泣き出しそうな女の子と、泣くのを必死にこらえているお兄ちゃんが立ちすくんでいる、って言う方が合っている。
「子猫を先生にあずけてくれるかな?」
海知先生の問いかけに、お兄ちゃんが抱いていた小さな子猫を、言葉もなく海知先生に差し出した。
ぐったりしている子猫を、海知先生が宝物を抱き締めるように、自分の胸の中に収めた。
子猫の体は微かにさえも動かず、口からは紫色に変色した舌が尋常ではない長さで垂れ下がり、目は半開きで焦点が合っていない。
これは、すでに......
「どうなさいましたか?」
海知先生は状況を聞きながら、呼吸と脈拍、心拍の停止、最後に瞳孔をチェックした。
状況がわかっているのか、女の子が肩を震わせ始めると、同時くらいに女の子に目もくれず、父親が口を開いた。