名前を間違った事実よりも、名前を間違った人が私にとっては問題で、度重なる海知先生の無神経さが、私が傷つく原因なの。

「傷ついたのは、ほかにもあります。心配、心配って言いながら、まったく私のことなんか心配してない」

「レオに、気持ちを入れ込むなって心配したのは、優しさだよ」

「本気でおっしゃってるんですか? 海知先生のは優しさじゃない、私を想って心配して言ってくれたんじゃない」

「声を()らげて、今日はどうしたんだよ、やけに神妙な顔つきで、引き下がらないな」

「警戒しろって、さっきは本気で心配してくれたのに、今は嘘ばっかり、ぜんぜん私のことなんか心配してくれてない!」

「どうしたんだよ、眠いのか、腹が減ったのか」
 手を焼かせる患畜の治療をしているときとおなじ。

 穏やかで優しい声は、あやしているみたい。困った顔で笑うのも、動物の前とおなじ。

 動物や子どもと接するのとおなじじゃなくて、泉田先生や美丘さんと接するときみたいに、私とも対女性として接してよ。
 
 もう、焼きもちを通り越して、哀しくなってきた。
 私の頭の中には、泉田先生や美丘さんまで出てきちゃった。

 潤みかける瞳で海知先生を仰ぎ見れば、面食らったのかな。

 口を一文字に結んだまま、私の心を読み取ろうとしているみたいに、じっと瞳を覗き込まれた。

 しばらく、まじまじ見つめ合っていたら、海知先生が口を開いた。

「あいつって、前の勤務先にいた動物看護師で、精神的に(もろ)くて不安定だったんだよ」

 なんだ、あいつって人は、私と性格が真逆なんだ。
 
「あいつって人を心配してあげたらいいのに、私は平気なんですから」

「直接、心配してあげる必要が、もう俺にはなくなった。だから、星川に目が向いて、あれこれ心配してしまうのかな」

「あいつって人を想ったまま、私のことを心配するから、私の心に響くどころか、私から反感を買うんですよ」

「ごめん、その通りなんだろう、たぶん」

「あいつって人とは、私の性格は真逆なんですから、私に心配だとか言われても、いい気持ちはしません」

 けっこう、はっきり言っちゃって大丈夫かな。海知先生にかぎっては、くよくよ悩まないよね。

「変ですよ、いつもは海知先生の言葉は勉強になるのに、あいつって人が関わると、小言になる」

「小言で悪かったな」

「だって、私にとっては不要な心配なんですもん、小言ですよ」

「ほっとけないんだよ、弱い者を。あいつは心、星川は頭」

「本人が目の前にいないのかってくらい、清々しい悪態。やっぱり、舌に毒塗ってる」

 こりゃ、海知先生は、くよくよ悩む脆い神経の持ち主じゃないわ。