「私にかぎってですか、海知先生もわかってますでしょ、私なら平気ですよ」

「最初は、そんなもんだよ。動物の気持ちを必要以上に感じ取って、自分のことみたいに悩むようになったんだよ、あいつは徐々に」

 声が漏れるほど大きなため息をつくなんて、海知先生らしくないな。

「まあ、いい。明日からも強制給餌をつづけてあげて。センスがいいから、最初から任せられるよ、星川には」

 レオを抱いて、ケージに戻しに行った海知先生。

 いつもの弾む返事がないから、気になるの?
 穏やかに微笑んで振り返って、私の方を見てくる。

「なんだ、あんまり嬉しそうな顔じゃないな」

「いいえ、嬉しいです」
 無理に笑顔を作るから、強張ったのがわかったのかな、言い方は素っ気ないのわかったかな。

「あまり、レオに気持ちを入れ込むなよ。同調意識が強いと、心が動物の気分に引きずり込まれる」

 動物の気分に心が? 動物が大好きだけれど、そこまでないよ、それとこれとは別。

「心配いりませんよ、大丈夫です」

「あいつは心が持っていかれて、気の毒なほど、ぼろぼろになってたっけな」

 海知先生にしては珍しく、ぼそっとした口調。独り言?

 というか、また、“あいつ”なの。

 それに、“星川には”も出た。また、私と知らないだれかを比べた。

 大丈夫って言った私には言葉をくれなくて、あいつって人のことを想っての言葉が出てきた。

 あいつって、いったい、だれなの。

 血が逆上して、頭が燃え上がりそうなくらい、初めてひどい焼きもちを妬いた。

「あいつって、だれなんですか」
 自分でもわかるほど、いつもより語気が強い。

「またかよ」
 海知先生は鼻で笑うけれど、私からしてみても、またなのって思うよ。

 今まで何回、無意識かもしれないけれど、あいつって言った?

「答えてください、あいつって、だれなんですか」

『あのな、「目の前にいるのじゃないことは、たしかだ』って、前に言っただろ」

 私の胸もとぎりぎりに人差し指を持ってきて、よく覚えとけって感じで、突っつくしぐさをした。

「はぐらかさないで教えてください」

「別に、はぐらかしてないよ、あいつを知らない星川に説明したところで、なんになるんだよ」
 
「すっきり納得したいんです。もとは海知先生が無意識に、あいつって言ったり、私と名前を間違えて呼ぶから、私は気になるんですよ」

「そんなの気になるのか」

「気にならないうちは、ずっと海知先生は、だれかを傷つけます、今は私です」

 一度や二度じゃない、何度もだよ。