「日本犬は澄ました顔は、かっこいいですね」
「これだから日本犬は、一度ハマったら抜け出せないの。薬袋お願いね」
「はい」
森岡 力丸、柴犬、十九歳、男の子。十九歳って、人間の年齢にしたら、もうすぐ百歳だよ。
力丸、凄いな。
「海知先生は?」
「え?」
「海知先生」
「へ?」
「だから、海知先生よ。どうしたの、慌てて、どこで、なにしていらっしゃるの?」
こみ上げてくる笑いが抑えられないように、つい口もとがほころぶような美丘さんの微笑み。
見透かされていないのに、見透かされた気分。
「あ、ああ、あの、あ、海知先生はですね、今、ケアステにいらっしゃいます」
「わかってる、海知先生の居場所を見つけるのは簡単、入院室かケアステ」
私が慌てる姿が可愛くて、からかったんだって。
いたずらが成功した子どもみたいに、笑っている美丘さんを初めて見た。
「『すべては患畜から学べ』って、こまめに入院室に足を運んで、患畜に寄り添ってるもんね」
そうだね、聞くだけ野暮というもんです。
「海知先生、やたら私を心配するんですよ」
「優しくて心配りができるから、星川さんのことを応援してくれてるのよ」
「そういうときもあるけど」
や、それが大半なのは伝わってくるけれど。
「納得いかないみたいね」
「私とだれかを重ねて見てるみたい、そう感じるときがあるんです」
「いつでも、人の幸せを想ってくれる海知先生にだって、なにか心にあるのかもね」
お、おとなだ、美丘さん、おとなだ。
「星川さんなら、きっと海知先生を見守ってあげられる」
「ええええ、私が海知先生のことを? 逆です、海知先生が私のことをですよ」
そうでしょ、そんな私ごときの人間が海知先生を見守るなんて早いでしょ。
「まだまだ、私、半人前にもなってないんですよ?」
「仕事じゃなくて」
ゆったりと片付けながら、ふんわりとした笑顔で微笑んでいる美丘さんが、少しじれったそうに語尾を伸ばした。
「星川さんは、いつも通りにしていればいいのよ。納得いかないなら、その都度、海知先生と向き合っていけば」
「そうしたら、海知先生が今よりもっと幸せになります?」
「なる、かならずね」
カルテを棚にしまって、振り向いた美丘さんの満点の笑顔。
「おとなになった気分。私、海知先生を見守ります」
「ひとつ、お姉さんになりましたね」
いい子、いい子と頭を撫でられた。お姉さんになっちゃった。
「ありがとう、手伝ってくれて助かった。これで、いつ森岡さんが薬を取りにお見えになっても大丈夫」
本当は美丘さん、ひとりでやれちゃうのに、私が覚えるようにと時間を作って、経験を積ませてくれる。
それに、なにより本当のお姉さんみたい。いつでも、どんなときでも頼りになる、私にとって大きな存在。
「なにしてた?」
力丸の調剤が済んで、ケアステの前を通りかかったら、海知先生に呼び止められた。
「気になります? 私がいないと心配?」
「これだから日本犬は、一度ハマったら抜け出せないの。薬袋お願いね」
「はい」
森岡 力丸、柴犬、十九歳、男の子。十九歳って、人間の年齢にしたら、もうすぐ百歳だよ。
力丸、凄いな。
「海知先生は?」
「え?」
「海知先生」
「へ?」
「だから、海知先生よ。どうしたの、慌てて、どこで、なにしていらっしゃるの?」
こみ上げてくる笑いが抑えられないように、つい口もとがほころぶような美丘さんの微笑み。
見透かされていないのに、見透かされた気分。
「あ、ああ、あの、あ、海知先生はですね、今、ケアステにいらっしゃいます」
「わかってる、海知先生の居場所を見つけるのは簡単、入院室かケアステ」
私が慌てる姿が可愛くて、からかったんだって。
いたずらが成功した子どもみたいに、笑っている美丘さんを初めて見た。
「『すべては患畜から学べ』って、こまめに入院室に足を運んで、患畜に寄り添ってるもんね」
そうだね、聞くだけ野暮というもんです。
「海知先生、やたら私を心配するんですよ」
「優しくて心配りができるから、星川さんのことを応援してくれてるのよ」
「そういうときもあるけど」
や、それが大半なのは伝わってくるけれど。
「納得いかないみたいね」
「私とだれかを重ねて見てるみたい、そう感じるときがあるんです」
「いつでも、人の幸せを想ってくれる海知先生にだって、なにか心にあるのかもね」
お、おとなだ、美丘さん、おとなだ。
「星川さんなら、きっと海知先生を見守ってあげられる」
「ええええ、私が海知先生のことを? 逆です、海知先生が私のことをですよ」
そうでしょ、そんな私ごときの人間が海知先生を見守るなんて早いでしょ。
「まだまだ、私、半人前にもなってないんですよ?」
「仕事じゃなくて」
ゆったりと片付けながら、ふんわりとした笑顔で微笑んでいる美丘さんが、少しじれったそうに語尾を伸ばした。
「星川さんは、いつも通りにしていればいいのよ。納得いかないなら、その都度、海知先生と向き合っていけば」
「そうしたら、海知先生が今よりもっと幸せになります?」
「なる、かならずね」
カルテを棚にしまって、振り向いた美丘さんの満点の笑顔。
「おとなになった気分。私、海知先生を見守ります」
「ひとつ、お姉さんになりましたね」
いい子、いい子と頭を撫でられた。お姉さんになっちゃった。
「ありがとう、手伝ってくれて助かった。これで、いつ森岡さんが薬を取りにお見えになっても大丈夫」
本当は美丘さん、ひとりでやれちゃうのに、私が覚えるようにと時間を作って、経験を積ませてくれる。
それに、なにより本当のお姉さんみたい。いつでも、どんなときでも頼りになる、私にとって大きな存在。
「なにしてた?」
力丸の調剤が済んで、ケアステの前を通りかかったら、海知先生に呼び止められた。
「気になります? 私がいないと心配?」