「我慢強いあなたが、あんなに大きな鳴き声を上げた。どれだけ耐えられない痛みだったか、わかってあげられなくてごめんね」

 痛かったよね、がんばったのにごめんね。タップの目もとを見つめながら、謝った。

 しばらくしたら、なんとなく抵抗するタップの力が弱くなってきた気がした。

「このあとは、少しタップがおとなしくなるから、診察台に体を抑制するバンドを装着して留めてしまおう」

「関節の押さえ込みも、少し緩ませても安全みたいですね」
「あともう少しだ」

 タップが少しずつ落ち着きを取り戻し、最初に会ったときみたいに、威風堂々と見えてきた。

「しばらくしたら、X線撮影しちゃおう」
 何事もなかったみたいに平然としている。

「いつもは、あっけらかんとしてるけど、興奮したタップを前にしたら、さすがに(ひる)むかと思ったよ」

「海知先生がついていてくださるから」
「だから、平気だったのか」

 あははははって、海知先生が、ひらがなみたいな笑い声を上げた。

「言葉の力って大きいです。海知先生も凜一くんの言葉がパワーですよね。私は海知先生の言葉が、私のすべてです」

 ひらがなみたいな笑い声は、どこへやら。

「ありがとう、役立てて嬉しいよ」
 歯並びのいい真っ白な歯が、きらきら輝く笑顔をくれた。

「犬って、本当に我慢強いんですね。限界の限界まで、じっと我慢して大爆発してしまう、特にタップは」

「それだけ獣医療スタッフが、負う怪我が大きくなるリスクはある」

 そうは言っても、海知先生は絶対、私が怪我をさせないように守ってくれた。
 自分だけ離すなんてことはしない。

「医者の友人は、形成外科になりたがらない奴が多い」
 海知先生って、医者にも友だちがいるんだ。

「なにか理由でもあるんですか?」
 
「犬に顔面の八割を噛みちぎられて、皮膚を根こそぎ持っていかれた症例を、目の当たりにしたんだと」

 ほかにも症例を教えてくれたけれど、どれも悲惨な状況に、聞いているだけで顔が歪む。

「医学部のときから、散々、解剖してきた百戦錬磨の精鋭なのにな、きついってさ」

「獣医療に身を置く私たちって」
「向こう見ずだよな」

 向こう見ずだって? 常に沈着冷静な海知先生が、後先考えないなんて、あり得ない。

 そんなことない海知先生が言うから、笑ってしまいそう。

「俺は、なにが起ころうと恐れない、(ひる)まない、果敢に取り組む、動物が好きだから」

「私もです」

「危険なときは、俺が守るから、安心して自分の与えられた使命に専念するんだよ」