どうも、薬作りしか取り柄のない幼女です


「採取できました!」
「よし、戻……」

 ルシアスさんと風聖獣様のもとへ戻ると、小型の魔獣がぴたりといなくなっていた。
 ギョッとして融合魔獣の方を見ると、黒い粘土と化したものが魔物の形に変わっていく。
 ま、まずい!

『崖の国の騎士は来ぬのか』
「仕方ない。ミーア、ダウ、君たちは村に戻れ! ここは俺がなんとかする!」
「ルシアスさん!?」

 ルシアスさんの口調、空気、そして藍色の髪が、手を翳すと真っ白に変わる。
 そして毛先が金色、一房青い髪が揺れた。
 元々美しい人だったけど、髪の色が変わっただけでますます美しい人に……じゃなくて、髪の色が変わった!?
 それにあの色合い、まるで——!

『ほほう、水のと土のの加護を感じる。お主、聖森国の王家の者か』
「ルシアス・フェリーデと申します! 風聖獣様へのご挨拶が遅れたこと、申し訳ない! しかしこちらにも多々事情がございまして」

 え!? 苗字!?
 苗字があるってことは——それに、水聖獣様と土聖獣様の、加護持ち……って、ことは!
 ルシアスさんが、聖森国の王族!?
 なななななんで王族が行商人なんてやっているのー!?

『構わぬ。しかしならば気合を入れよ!! 来るぞ!』
「アタシたちは逃げるわよ! ミーア、しっかり掴まっ……!?」
「は……!」

 ダウおばさんの首にしがみつき、あのスピードと振動を覚悟したが振り返ると小型の魔獣がずらりと並んでこちらを赤い目で見ていた。
 か、囲まれている。

「! 遅かったか」
『うむむ……ならば我が融合魔獣を抑える。小型魔獣を振り払い、ミーアとダウを逃がせ!』
「!? お一人では……!」
『問題はない!』

 風聖獣様が、私たちを守るように融合魔獣の前に立つ。
 ぽよんぽよんとした白くて大きな毛玉にしか見えなくて、緊張感が削がれない気がしないでもない可愛さなのに——か、かっこいい!

『ギュラララララ……』
「!」

 唸るような鳴き声。
 黒い粘土のようだった融合魔獣が、ついにその皮を破くように姿を現した。
 風聖獣様の十倍は大きな、ドラゴン。
 ドラゴン……ドラゴンはまずい。
 魔獣の中でもトップの戦闘能力を誇る、破壊の権化。
 そして——。

「つ、角がある! ドラゴンの角! 鱗! 翼! 爪! 牙! 内臓! 内臓ほしい! ドラゴンの内臓、最上級ポーションの素材でまだ試してない! ドラゴンの素材! あああ、ドラゴンの素材が目の前にある! 肝は特に薬の材料としては定番! ほしい! ほしい!」
「ミ、ミーア?」
「しかもあんなに大きい! いっぱい、全部余すとこなく使える……! 生肝から試したい! 肉や脂もきっといい薬になるわ! ほしい! ほしい! ああ、すごい! 全部使いたい! 試したい!」
「ちょ、ちょっとミーア、落ち着きなさい!?」

 まずい、よだれと興奮が止まらない。
 だって夢にまで見たドラゴンの素材が目の前にある。
 最上級ポーションを作るのは、私の生きる目標になっていた。
 もう無理だ。
 諦めよう。
 この体になってから、私は過去の——大人の私(ジミーア)を捨てて新しい私(ミーア)として生きる決意をしたのだ。
 でも、やっぱりダメみたい。
 私は根っから、薬を作るのが好きなのだ。
 その薬で誰かが救われるのならとてもいいことだと思う。
 でも、それは私にとっては結果でしない。
 私はただ、新しい薬、未知の薬、まだ誰も到達していない、発見されていない薬をこの手で生み出したいと思っている。
 人助けのためじゃない。
 私は、自己満足のためなら薬作りをしているのだ。
 ……それを認めてしまうと聖殿で拾われて、他者への奉仕の教えに反してしまう。
 私はずっと、この考えを否定してきたのに……。
 この衝動は、抑え込んでいた己の気持ちが決壊したんだろう。
 ずっとずっとずっと、否定して、押し殺してきた私の——本性。

「わはははは! 面白い! ドラゴンが引いておるわ!」
『お主!』

 え、なに?
 また聞いたことのない声がして、遥か上空を見上げると——ドラゴンの翼を持った長い赤髪の男の人が落ちて……落ちてきたぁ!?

 グシャア!

 落ちてきた、と思ったらドラゴンの頭を地面にめり込むほど踏みつける。
 全体重と落下の衝撃を加えてもこうはならないだろう、ってくらいに。

「ああっ! 貴重なドラゴンの脳がーーーっ!」
「ミ、ミーア」

 ダウおばさんにドン引きされようが、今の私は貴重素材=ドラゴンが第一である。
 突然降ってきた赤髪の青年は、切なく叫ぶ私を見てニヤ、と笑う。
 え、ひどい。
 誰よあれ、貴重なドラゴンをなんだと思っているの?

『火聖獣! お主、なんだその元気な姿は! ずるいぞ! 人型まで取り戻して!』
「久しいな、風の。うむうむ、それもこれも昨今崖の国の王家が余に献上する治療薬のおかげぞ。で、それを作っている者に余、自ら礼を言いにきてやったのだ」
「火聖獣……!? まさか!? 崖の国の聖獣が……!?」
「ドラゴン……」
「ミ、ミーア、アナタこんな時までそんなことを……! 今それどころじゃなくない?」

 ダウおばさんがなんと言おうと、あの赤髪の人が踏んでるドラゴンの素材が私はほしい。
 おばさんにしゃがんで、とお願いするけど危ないからと降ろしてもらえない。
 うえええええっ!
 ドラゴンの素材ー!
 新鮮なうちにほしいのにぃ!