どうも、薬作りしか取り柄のない幼女です


「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 けれど、私じゃない誰かの荒い息遣い。
 ピリピリと張り詰めたような空気。
 ただ事ではない。
 目を開ける。
 カーロが真っ青な顔で必死に呼吸していた。
 涙が出てくる。
 カーロ、苦しそう。
 ルシアスさんの言葉がまた蘇ってくる。
 違うよ、私が熱を出したのは私が弱っちいからだよ。
 熱は上がってるし、苦しいけど、死ぬわけじゃないよ。
 それにカーロは悪くない。
 近くに座るカーロの手に、一生懸命伸ばした手を重ねる。

「かーろ……だいじょうぶ……」

 私は大丈夫。
 だからあなたも大丈夫。
 どうか自分を責めないで。
 タルトの両親の死があなたにどんな苦しみを与えているのか、私は想像することしかできないけれど……少なくともタルトの両親は小さなあなたがこんなに苦しむことを望んでないと思う。
 あの村の人なら、当たり前にそう思うはずだ。

「…………ほ——炎よ、熱よ——」

 聞いたことのない少年の声。
 ……カーロの、声?
 目の前をキラキラと輝く炎が渦巻いて、洞窟の中を暖かくする。

「こ、この者の身を、蝕む、熱……よ、去れ……」

 手のひらが額に充てがわれると、あれほど寒かった体がじんわりと温かくなっていく。
 これは、魔術だ。
 解熱の魔術。
 私も体験するのは初めてだけど、解熱薬を飲んだ時と似た感じがする。
 というか、これって、両方とも火の魔術では?

「……カ、カーロ……?」

 赤い赤い、カーロの髪が赤く輝いている。
 わかる。
 私も風聖獣様に加護をいただいた身だ。
 これは——火聖獣様の、加護!
 カーロの髪、火聖獣の加護で金から赤に髪色が変わっていく!
 私と同じように!

「ご、めん……」
「……カーロは悪くないよ。とても楽になった。ありがとう……」

 そうして、カーロはしばらくグズグズと泣いていた。
 落ち着くまで待ってから、身を起こす。
 うん、平気そう。
 それにしても、まさかカーロに火聖獣様の加護があったなんて……。
 しかもこんなにはっきりとした赤毛。
 かなり強い加護だ。

「カーロ、もう少しお水もらっていい?」
「! いま、もって、くる」
「ありがとう」

 カーロはすぐに水を両手のお椀で汲んで持ってきてくれる。
 それを飲むと、一息ついた。

「ありがとう、カーロは優しいね」

 加護を使うこと。
 そのために心の傷を乗り越えて声を取り戻した。
 きっととても、とても、つらいことだっただろうに。
 なのに、カーロは怯えたようにまた涙を流して「そんなことない」「おれはよわい」「タルトのりょうしん、ころしてしまった」とポツポツ話す。
 肩や頭を撫でて落ち着かせようとするけれど、カーロはずっと泣いていた。
 きっと、今までも……私や、村の人が知らないところで、一人で自分を責め続けていたんだろうな。

「カルロ、ルタ……とても、やさしかった……ゆうかんで……でも、おれのせいでしんでしまった……ごめん……ごめんなさい……!」
「カーロ……」

 それでも——。

「でも、カーロは今日、私のことを助けてくれたじゃない。ありがとう、カーロ」
「っ……!!」
 
 その後、タルトがルシアスさんと村の大人を連れてきて、私たちは無事に救助された。
 怪我はポーションで治したので無傷ってことで。
 タルトはダウおばさんにみっちりお説教されたみたいだけど、ルシアスさんに美味しいものを食べさせたかったのだ。
 あまり怒らないであげてほしい、と私とカーロでタルトと目の前で仲直り。
 まあ、元々喧嘩してたというわけでもないしね。
 この一件でカーロの声が出るようになった。
 まだ完全に声の出し方や話し方が回復したわけではないので、タルトとは別な意味で辿々しい独特の話し方だが——これをきっかけにどんどんいろんな話ができるようになることだろう。
 加護については、二人だけの秘密。
 私だけでも加護持ちは珍しいのに、カーロまでとなると崖の国や聖森国で取り合いになりそうだもの。
 一応「加護のこと、言わない方がいい?」と聞いたら全力で首を縦に振られた。
 カーロも「この村にいたい。ずっと。崖の国には帰りたくない」と言っている。……とても、怯えた表情で。
 なにがあったのかはわからないが、カーロもあの国にひどい目に遭わされたのだろう。
 崖の国——私たちは、この村の穏やかな生活が気に入っているのでここから出るつもりはありません。