——あたたかい。
全身を包む、柔らかであたたかなもの。
手を伸ばすと、手のひらがふっかふっかしたものに埋もれていく。
なんだろう? これは。
まるでもふもふの毛皮に包まれているみたい。
……ん? 毛皮? なにそれ、そう思ったら本当にくさい。
獣臭?
おかしい、死後の世界は、完全なる闇であるはず。
この世界の聖獣は火、水、風、土、そして闇——と、五つに分かれており、死後の世界を司るのが闇聖獣様。
闇聖獣様は死者を一度分解し闇にする。
そこからマナとして作り替えて世界に還元する役割と力を持つ。
そう、聖殿で教わった。
私は死んだはずだから、今分解されている最中、なのかな?
でも、それなのに獣臭がするのも、顔や手にもふもふとした感触があるのもおかしいような……?
『うむ、目が覚めたか?』
「?」
頭が痛い。ん? 頭? まだ私に頭があるの?
それに、今声がした。
闇聖獣様の声?
優しい、ダンディな男の人の声なのね。
声が聞こえるなんて、私の耳はまだ無事ということ?
『いかんな、やはり熱がある。困ったものだ、我には人の子の身を癒す力がない。どうしたものか……』
瞼が重たくて、目が開けられない。
それとも、私の目玉はもう分解されてしまったのだろうか?
わからない。
とにかく頭がガンガン、全身が熱く、痺れるようなジクジクとした痛みに苛まれている。
分解中に意識を取り戻してしまった、と言うことなのかもしれない。
死ぬ時はその人が生涯で犯した罪の分だけ痛むというが、私はこれほどの罪を犯していたのね……。
仕方ないのかもしれない、だって多くの人を騙していたことになるのだもの。
知らなかった、なんて言い訳。知ろうとしなかった。
私は、自分の薬がどうなっていたのか、調べようともしなかったのだ。
私の罪というのなら、間違いなく私の罪だろう。
きっと意識が戻ったのはこの痛みを以って、罪を悔い改める時間なのだ。
『大丈夫だ、死なせはしない』
誰かの声がそう告げる。
目許をあたたかでざらざらしていて、そしてちょっと臭いなにかが撫でていく。
私はただ、ひたすらに謝罪を繰り返した。
悔い改める時間だと思ったから。
ごめんなさい。ごめんなさい。騙していてごめんなさい。知ろうとしなくてごめんなさい。知らなくてごめんなさい。
「ごめん、なさい……」
声が出た。
それに少し驚いて目を開ける。
開いた。
茶色い天井? よく見えない。
ぼんやりとしていて、顔全体が熱い。
まるで、風邪をこじらせて熱が出た時みたいな——。
「あ、目、開けた」
「!」
ぴちゃん、と突然額に冷たいものが載せられる。
びっくりして、人の声がした方を見てみると、白い耳の生えた白と黒の混色の髪の男の子がニヤッと笑っていた。
十歳くらいだろうか? ベッドに両腕を載せて、私を覗き込む。
「俺はタルト。お前は? 名前言える?」
「え……? な、なん……わたし、生きて、る?」
「生きてるぞ。風聖獣様がお前を連れてきたんだ。だから生き延びないとダメだぞ」
「……かぜ、せいじゅうさま……?」
どうしてそんな方が私を?
私を闇聖獣様のところから、引き戻してくださったのだろうか? なぜ? 連れてきたって、どこに? ここはいったいどこ?
わからないことばかり。
私は生きている?
「今薬持ってくるな。飲んだらまた寝ろ」
「…………」
返事ができなかった。
口を開けただけ。
喉が渇いて、つらい。
男の子はそれを察してか、解熱薬の小瓶をまず私に飲ませてから水も飲ませてくれた。
効果が薄まるだろうに、私が飲みたかったのを優先させてくれたみたいだ。
「ぷは……」
水が美味しい。
そう思ったら涙が出た。
喉を通り過ぎていく冷たい感覚に、生きているのだと実感した。
私は生きている。
なぜかわからないけれど、あの毒は効かなかったらしい。残念だ。
「おみず、おいしい」
「よかったな」
……でも、生きていることが嬉しい。
闇聖獣様は私の罪をお許しになったのかもしれない。
だから風聖獣様に私を預けられて、世界に戻したのかも。
それなら、私は生きなければならないだろう。
「…………」
命を大切に尊ぶこと。
それもまた、聖殿で教えてもらったことなのだから——。



