それから一ヶ月後——。

「うん、無事に十万本、納品確認しました。本当に助かったよ、もうすぐ斑点熱の流行る季節だからね」
「そういえばそうですね」

 なるほど、それで解熱薬が大量に必要だったのか。
 言われてみればこの時期、崖の国の城でも解熱薬を大量生産していた記憶がある。
 ——斑点熱とは、その名の通り高熱と全身に紫色の斑点が大量に現れる病。
 ポーションでも回復は可能なのだが、斑点熱には解熱薬の方が早くよく効く。
 ポーションだと斑点が残ったりするしね。

「獣人も斑点熱になるんですか?」
「あまり罹らないが、まったくないわけではないよ。それに、年々増加傾向にある。おそらく魔獣の増加に伴い疫病の毒素も強まっているのだろう」
「そ、そうなんですか」

 病の毒素が強まる……そんなことがあるものなのね。
 じゃあ、この村の人の分も作っておこう。

「それでは報酬の二百万コルト——から職人出張費と技術指南料金、道具の貸し出し費用諸々を差し引いて、お支払いが百万コルトです」
「え?」
「ん?」

 ひゃ……?

「そ、そんなにもらえるんですか!?」
「え? う、内訳明細見る?」
「は、はい」

 恐る恐る手渡された紙を見る。
 薬の料金、そこから差し引かれた職人さんたちへの支払い。
 だ、だとしても、こんなものなの?
 私への払いが、こんなに?

「ええ?」
「だ、大丈夫? 数字の読み方とかわかる?」
「は、はい……でも、まさかこんなにもらえると思わなくて」
「そ、そう? 十万本だよ? そのくらいの金額にはなるよ? 職人たちへの支払いも、かなり多いだろう? 君の薬作りも“職人技術”だから、付加価値があって然るべきだと思わない?」
「……あ」

 そ、そういうものなのか。
 自分の技術に付加価値がつくなんて、考えたこともなかった。
 崖の国には薬師はそれなりにいたし、城お抱えともなればみんな優秀だったもの。
 まあ、紋章魔術は私しか使えなかったと思うけど!
 …………。付加価値ってそういうことか!

「ミーアが作ってくれた解熱薬は品質も高いし、特急で仕上げてくれたし、専門薬の一種だからね、一本二百コルトは当然の価格だと思う。本当はもっと高く買い取りたいくらいなんだけど、販売価格や斑点熱の流行具合も考えるとこのあたりが限界かな、って」
「いえいえ! そんな!」
「ポーションは今後も定期的に五百本、作って卸してくれるとありがたい。下級ポーションなら一本百コルト、中級ポーションなら一本二百コルト、品質によって二十コルとずつ上乗せする」
「わ、わあ、い、いいんですか!? そ、そんなに!?」

 具体的な数字を聞くと、ものすごく驚く。
 これまでの私の一ヶ月のご飯代が「いったいなんだったの?」ってくらい。

「……」
「ミーア、とうしたの?」
「い、いえ、今までのご飯代と比べていたらよくわからなくなりまして」
「今までのご飯代?」
「いえ、深く考えるのはやめます!」
「そ、そうなの」

 考えると虚しくなるし!

「でも、こんなに残るなんて思わなかったからどうしよう……使い道が思いつきません」

 百万コルトだなんて、こんな大金を持ったこともない。
 それにこれから定期的に中級ポーションを五百本卸せば、毎月十万コルト入ってくるのよね?
 下級ポーションでも品質設定を特上品質にしたら一本百八十コルトだから九万コルト。
 え? うん、使い道が本当に思いつかない。

「……それなら、僕から提案してもいいかな?」
「ていあん?」
「この村以外にも、半獣人の村は五つある。もとは七つの村があったが、ひとつは魔獣に襲われてなくなった。そのように小さな村では魔獣に襲われると、村そのものがなくなることもあるだろう? だから、他の村とこの村を一つにしたらどうかと思って」
「他の村と、この村を……?」

 もちろんそれには資金的な問題だけでなく、他の村との話し合いや聖森国との兼ね合いも必要となる。
 今年中に答えが出ない可能性もあるし、話がまとまったとしてもすぐ実行できるものでもない。
 この村の側にある麦畑だって、他の村と囲むように育てられてるから無事なのだ。
 ただ、魔獣に襲われて壊滅した村だって毎日ちゃんと魔獣除けのお香を常に焚いていた。
 それでも襲われたらしい。
 魔獣が増え、強くなっているのは間違いないということだろう。
 私も魔獣除けのお香は作れる。
 あれも薬の一種だから。
 材料もこの辺りで揃えられるものだから、買うより作った方がいい。
 ルシアスさんが置いていってくれた魔獣除けのお香、品質は普通だったから、高品質のものを私の紋章魔術で作れば強力になった魔物にも効くだろう。
 この村の人たちのように、どちらの国からもあぶれてしまった半獣人や人間の村。
 見捨てては置けない。
 他人事ではないもの。
 あぶれ者だからこそ、助け合って生きていくべきだと思う。
 他の村の人がこの村に合流してくれるなら、私の作る魔獣除けのお香で絶対に守る。

「……家族が増えるみたいで、私はいいと思います!」

 もちろん、他の村の人たちはその場所にこだわりがあるかもしれないし、強制はできないもの。
 私は賛成ですよ、と伝えて、この村の人にも意見を聞いて、それをまとめて……となる。
 あいにく今の私は完全に子どもなので、これ以上のことを言うのは危険だ。
 年齢偽証がバレる。
 ルシアスさんの私を見る目が少し、違う気がするし。
 なんだろう、窺うような……いや、探るような……?
 城の薬師になって以降、悪口や人の視線には敏感になったのだ。
 だから引きこもってたんだもの。

「そう。それじゃあこの村の人たちに、僕の方から提案してみるね」
「はい!」

 村の人は私を完全に子どもだと思って接してくれてるし、私もその扱いに最近慣れてきたけれど……ルシアスさんには少し気をつけよう。
 あの人は村の人ではなく、村の外の人。
 崖の国に私の存在が知れるのは怖い。

「……おぉ……」

 それでもまあ、私の仕事のおかげで村が少しずつよくなるのを眺めるのは気分がいい。
 あ、タルトとカーロも木材加工のお手伝いしてる。
 えらいなぁ。
 家の有様に驚く職人さんたち。
 材料か道具が運び込まれ、村のほったて小屋が解体され、職人さんの指導のもと新しく家が建っていく。
 やはり職人さんに家を建ててもらうとなると、今の私の手持ちのお金では足りないが、それでも……。
 村が生まれ変わっていく。

「これが見たかったんだよね……」

 ずっと。ずっと……。
 お世話になった人たちの暮らしが、よくなっていく。
 その光景を、私はずっと、この目で見たかったのだ。
 ずっと、前から。