すると、視線に気づいた彼は片手の(こぶし)を口元に当ててわざとらしい咳払いを一つ(こぼ)し、上半身を起こしながらどこか居心地が悪そうに目を逸らした。


(あっ、残念……裕一郎様の笑う顔、もっと見たかったな)


 表情こそいつもの殺風景なものに戻ってしまったが、その頬と耳は朱色に染まっており、愛おしさのあまり恋幸の口元は無意識のうちに緩んでしまう。

 ――……そこでふと、以前星川に聞かされた話が彼女の頭をよぎった。


『裕一郎様は、今でこそ感情表現の乏しい方ですが、昔……裕一郎様が小学校に入り、高校・大学を卒業して新社会人になったばかりの頃は、もっと表情がコロコロと変わる明るい方でした』
(そっか、そうだ……“こっち”が本来の裕一郎様なんだ……)