裕一郎が恋幸を起こさないよう布団から抜け出すのは、彼なりの思いやりや優しさの表れであると当然理解できている。

 しかしベタな行動に謎の憧れを持つ彼女にとって、朝、彼が家を出る前に玄関先で「行ってらっしゃい、あなた。今日も1日頑張ってね」と語尾にハートマークを付けながら手作り弁当を手渡して笑顔で手を振るという一連の流れを体験してみたい、という欲望を打ち消すのはなかなか難儀(なんぎ)な事だった。

 ではあらかじめアラームをかけておけば良いではないかと恋幸も勿論考えたのだが、直後に「裕一郎様の起きる予定では無い時間帯に鳴ってしまい睡眠を(さまた)げてしまったら?」という不安が襲いかかり、結果『裕一郎様の起きた気配で私も起きる』の結論に至ったわけだが、前述(ぜんじゅつ)にある裕一郎の気遣いにより今のところ成功した試しはない。