遼ちゃんは、すぐに退院した。
 包帯を巻いた腕は痛々しかったけど、テレビ越しに見える彼の笑顔は、あいかわらずステキだった。

 あの日。結局、残り少ない面会時間のおかげで、まともに会話はできなかったけど、別れ際に優しくキスされて、おとなしくなった私って単純だわ。
 自分でも、恥ずかしいくらい遼ちゃんに惚れちゃってるのを再確認。

『僕が愛してるのは、美輪だけだよ』

 抱きしめながら、耳元で囁く彼の声は反則もので、やっぱり遼ちゃんを信じなくちゃって思ってるバカな私。

 それでも。

「はぁぁぁっ……」

 大きなため息は、ほぼ日課になっていて、そのたびに本城さんに、「幸せが逃げるっ!」と叱られる。

 ……でも、本城さん、私の幸せって、なんなんでしょうね?

 そんなどん底の私に追い打ちをかけたのは、また週刊誌の記事。
 遼ちゃんが入院している間に、兵頭さんが見舞いに訪れていたという。それとともに、現在も交際継続中、という内容。
 今回のは寺沢さんからの連絡もなく、突然で、SNSでも話題になって嫌でも目に入ってきてた。
 事前に聞いていようが、聞いていまいが、心の準備なんか関係ないくらい、自分の心を抉るということだけは、わかった。
 かといって、そのことをうじうじと遼ちゃんに言えるわけもなく、誰にも言えない辛さで、押しつぶされそうだった。



 最近、本城さんが甘やかしてくれるから、定時には会社を出た。

「おかえり」

 ニコっと笑いながら、私の部屋の玄関にいた遼ちゃん。

「ほら、これ」

 手に持っていたのは、近所のケーキ屋さんのケーキの箱。

「来てくれたんだ」

 今日は、私の誕生日。ほとんど諦めてた。仕事が忙しそうだったし、そうでなくても記者がうろついてるだろうし。

「ふふん。頑張ったんだから、誉めて?」

 ニッコリと極上の笑顔をくれるから、情緒不安定な私は、泣き笑い。
 玄関に入ると、すぐに、背中から抱きしめてくれた遼ちゃん。

「暑いよ。それにケーキ、冷蔵庫にしまわなきゃ」
「もうちょとだけ。美輪の匂い好きだから」

 その言葉に、汗臭いんじゃないか、と一瞬焦る。それに、早くエアコン入れたい、と思いつつも、遼ちゃんの身体の重みを感じていたい私がいる。

「もう、いい?遼ちゃんだって、暑いでしょ?」
「うん」

 チュッと首筋にキスをしながら離れる遼ちゃんは、エヘっといつものいたずらっ子な笑みを浮かべる。
 遼ちゃんは冷蔵庫にケーキをしまい、私はスーツから部屋着に着替えた。

「美輪、麦茶飲んでいい?」

 冷蔵庫にしまってあった麦茶を取り出して、私が返事をする前にグラスに注いでる。ちゃんと、私にも用意してくれるあたり、さすが、と思う。

「私に聞く必要あった?」

 呆れながら言ったけど、すでに飲み始めてるし。

「ぷはーーーーっ!」
「それやるの、ビールじゃないの?」

 クスクス笑いながら、私も麦茶を飲む。

「遼ちゃん、ご飯は?」
「食べてない」
「何もないけど……素麺でもいい?」

 最近、いろいろあったから食欲が落ちてて、冷蔵庫にはたいしたものが入ってなかった。

「ふふ。美輪がつくってくれるなら、なんでもいい」

 グラスを片手にベットに腰かける遼ちゃん。
 テレビで見てる遼ちゃんよりも、少し……いや、だいぶ、優しい顔をしている気がする。