「す、すみません。お手数おかけして」

 運転している阿川さんのほうを見ると、そこだけテレビか何かから切り取られた空間のように思える。

「いいよ。気にしなくて」

 フッと笑う横顔は、絶対ドラマで見てるそれと同じ。

「俺のほうが、遼にいろいろ世話になってるからさ」

 苦々しい顔の阿川さん。

「……それって」
「乃蒼のこと」
「あっ」
「そういうこと」

 そうなんだ。兵頭さんの本命。これ、ばれたらすごいことになる。それこそ、兵頭さんのほうがバッシングくらって潰されかねないかもしれない。

「なんていうかね。自分で守ってやれない辛さみたいなの? まぁ、遼も同じ気持ちだろうけどさ」
「私は……気持ち的には守ってもらってるって思ってますよ」
「そう?」

 外の風景に視線を移す。

「今、大変なのは遼ちゃんで、私はまだ耐えられますから」
「申し訳ないね」
「私よりも兵頭さんに、言ってください。彼女が一番、辛いんじゃないですか?」
「そうなんだよねぇ……」

 スマホの着信音が車内に響いた。明らかに私ではなく、阿川さんのだ。

「ごめん、ちょっと車止めるね。」

 大きくため息をついてから、路肩に寄せて、電話に出る阿川さん。

「もしもし」
『……』
「今、移動中なんだ」
『……!』
「違うよ。別の子」
『……』
「わかってるって。この子送ったら、現場戻るから」
『……っ!』

 阿川さんは、返事もせずにプチっと切ってしまった。

「ったく、俺はお前の息子でもなんでもないってのっ」
「だ、大丈夫ですか?」
「んぁ、大丈夫。うちのマネージャー。うるさくて参っちゃうよ。仕事はできるんだけどさぁ」
「……大変ですね」

 思わずクールな寺沢さんを思い出し、つい比べてしまう。

「あ。今、寺沢のこと思ったでしょ」
「!?」
「比べるとしたら、ヤツくらいしか知らないだろうからさ」
「……あはははは」

 笑うしかない。

「阿川さん、そろそろこの辺でいいですよ」
「いやいや、マンションまで送るよ?」
「いいえ、夕飯の買い物して帰りたいし」
「ああ、なるほど。じゃあ」

 そういって、駅前のターミナルで降ろしてもらった。



 駅前のスーパーで無心に買い物をして、自分の部屋に戻ると、大きなため息とともに、ようやく肩の荷が下りたような気分になった。
 遼ちゃんのケガが思ってたよりも、ひどくなかったこと。
 ずっと私が気にしてたことには、それぞれに理由があって、だから私は遼ちゃんをちゃんと信じる気持ちを強く持っていればいいんだって、思わされたこと。
 こんなに気持ちが上下する日もないなって、苦笑いしか出てこない。

 スマホに遼ちゃんからL〇NEの着信があった。

『精密検査の結果次第だけど、早ければ2、3日で退院できる。美輪に会いたい』

 よかった。
 ほっとして、スマホを置き、買ってきた食材を冷蔵庫に詰め始める。

 ブルルルル ブルルルル

 マナーモードのままのスマホが揺れる。慌てて、電話に出た。

「はい?」
『あっ』
「?」
『あの、神崎さんの電話でしょうか?』

 可愛らしい女性の声。聞き覚えがあるような。

「はい、そうですが」
『あ、あのっ。兵頭です。兵頭乃蒼です』

 な、なんで、彼女が私の番号知ってるの?

『あ、あのっ。遼くんに番号教えてもらったんです、お礼が言いたいって』

 お礼? 私に?
 お礼されるようなこと、私、してないけど。

『あ、あのっ』
「はい」
『遼くんが私のこと助けてくれたのは、本当にうれしかったんです』
「はい」
『だからっ』
「?」
『遼くん、私にくださいっ!』
「……え?」
『それだけですっ』

 そのまま、彼女は電話を切った。
 呆然としたまま、立ち尽くす私。しばらく、スマホを耳にあてたまま立ち尽くす。

 ……えぇぇぇぇぇぇっ!?

 な、なんなのこの女っ!? 『抱かれたい男』は、どうすんのよっ!?
 二股ってこと!?

 そもそも、全然お礼の電話でもなんでもないしっ。
 思いっきり、兵頭乃蒼の印象が変わった瞬間だった。