涙をこらえながら、言葉をつむぐ。

「な、なんで、兵頭さん?」

 今の私が気になることなんて、そんなことくらい。

「目の前であの状況だったら、身体動くでしょ」
「び、病室で泣いてた」
「申し訳なかっただけでしょ」
「な、なんで、警察みたいな、ひ、人がいたの?」
「……」
「何か、あるの……?」

 遼ちゃんは大きく深呼吸して、私を見つめなおした。

「……これから言うことは、絶対秘密ね」

 真剣な顔になった遼ちゃんは、視線を窓のほうへと向ける。

「たぶん、あれは事故じゃない。故意に誰かが倒したんだ」
「なんで、そう思うの」
「僕、見ちゃったんだよね。倒すとこ」
「えっ」

 冷静に言ってるけど、それって目撃者になっちゃったってこと?

「ん、でも、ちらっとだけだから、誰だかはわからなかったけどさ。まぁ、そういうこと?」
「それって、兵頭さんが狙われてたってこと?」

 それで、『申し訳ない』って、いうこと?

「兵頭さんも、わかってるってこと? 狙われたこと」

 フフッと目を細めて私を見る遼ちゃん。

「美輪は、変なところ、察しがいいね」

 少し、遠い目をしてる遼ちゃんは、何かを思い出してる。

「もとはと言えば、年末のあれも」
「年末の『あれ』って」

 クスっと笑う遼ちゃん。

「美輪の『初めて』を頂くきっかけになった『あれ』?」

 意地悪そうな笑顔。

 ――小悪魔だ。

 そんな彼を見ただけで、身体中が熱くなる私もバカだ。

「まぁ、映画のためって、薄々はわかってるでしょ?」

 笑顔が一転、悔しそうな顔。

「でもね、それだけじゃなかったんだ」

 私の手をぎゅっと握りしめた。

「兵頭さん、嫌がらせされててね」
「遼ちゃんとのスキャンダルで?」
「いや、その前から」
「……なんで?」

 いい演技をする綺麗な女優さん。
 遼ちゃんと絡んでなかったら、ただそれだけの印象しかない。

「報道はされてないけど、彼女、付き合ってる人がいるんだよ。たぶん、それ絡み」
「えっ」

 そんなこと、私が聞いちゃってよかったんだろうか。

「あ、兵頭さんには、美輪に説明するのに話してもいいって言われてる。でも、秘密だからね」

 二人の秘密に、私もまぜてもらえた。仲間にしてもらえた気分は、なんか、こそばゆい。

「僕との噂で、少しでも標的にされるのが抑えられればよかったんだけど、結局、あんまり効果がなかったみたいだね」
「でも、それって、遼ちゃん絡みに変わった、とかじゃなくて?」
「美輪、怖いこと言うね。」
「ごめん……でも、どんな嫌がらせだったのか、わかんないし」
「そうだなぁタイミング、かな。彼女たちが一緒にいた前後に、トラブルが起きてる」
「でも、今回のは」
「いたんだ。あそこに。その相手が」
「え。じゃあ、彼女の相手って、やっぱり」
「僕じゃないからね。わかってると思うけど」

 半分呆れたような顔。

「も、もちろん、そうじゃなくて、現場の関係者なのかなって言いたかったのっ。」
「ただ、今までは姿を見せたことがなかったのに、今回はかなり危険を冒してきたから、ちょっと心配ではあるんだよね。まぁ、おかげで警察も絡みやすくなったけど。」
「え?」
「ほら、警察は事件にならないと動かないっていう、あれ」

 よくストーカー殺人とかで後手後手に回るっていうパターンか。

「まぁ、事務所も稼ぎ頭の兵頭さんだけに、大事に守ってるはずなんだけど、今回みたいに勝手に動かれたら、守るものも守れないってね」

 遼ちゃんがいたのは、本当にタイミングがよかったということか。

「でも、美輪は、僕のことだけ心配して?」

 また上目遣いで甘えてくる。
 ……当然、負けちゃうんだけど。

「仕事ほっぽって、僕のこと心配で来てくれて、嬉しいよ」

 ほっぽって来たつもりはなけれど、遼ちゃんが少しでも喜んでるなら、よしとするかな。

「で。ケガが早く治るようにキスして?」

 いきなりの発言に息をのむ。
 こ、ここは病院ですっ。個室とはいえ、看護師さん、いつくるかわからないんですけどっ!

「だめぇ?」

小悪魔王子降臨。
 目を閉じて、私からのキスを待っている姿は、正直、クラクラしちゃうんだけど。病室じゃなければ、大胆なキスもしたいくらい。耳が真っ赤になってるのを自覚しつつ、おずおずと、彼に近づいて、おでこにチュッ。

「……そんなのじゃ、効かない~。」

 お前は子供かっ!と言いたくなるのを我慢し(一応、怪我人だし)、うーうー言いながら、頑張ってほっぺたにチュッ。

「ねぇ、それって拷問?」

 ジトーっとした目で見られても、恥ずかしいものは恥ずかしい。

「ククククッ」

 笑いをこらえているような声がしたので、慌てて振り返ると、入口のカーテンから一人の男性が覗き込んでいた。

「阿川さん!」

 顔を真っ赤にしてベッドで背筋を伸ばした遼ちゃん。
 
 ――阿川 光太朗

 芸能界に疎い私でも、彼の存在は知っている。
 遼ちゃんと同じ事務所の先輩俳優。確か三十代前半じゃなかったっけ。いくつものテレビドラマで主役を務め、最近は舞台でも活躍してる。『抱かれたい男ランキング』に毎回選ばれてるイケメン俳優。(遼ちゃんはまだトップ10まではいってない)
 その彼が、なぜここに?