撮影は順調に進み、いったん休憩。主役の二人は控室に戻り、我々エキストラだけが教室に残った。

「ここっていわゆる廃校だよね?」

 平日なのに我々しかいない風景には、違和感を覚えながら、一馬に聞いた。

「そうそう。ほら、子どもの数が減ってるから、学校が余っちゃって。もともとは中学校だったんだけど、統廃合して、建物は残ってるんだって。」

 ペットボトルの水を飲みながら、軽く説明してくれた。

「へぇぇっ」

 教室の中をきょろきょろしていると、前方の廊下の扉がスーッと少しだけ開いた。その隙間には、パーカーにサングラスをかけた相模。なぜか、おいでおいでしている。

「……一馬」
「ん?」
「あれ」

 指さすと、意地の悪そうな笑顔の一馬。
 なぜか、ギクっとする相模。

「しょうがねぇなぁ……美輪も一緒にくる?」

 これまたいっそう、意地悪な笑顔で私の腕をとる。

「え、え、え? いいの? 行っても。」

 あんな王子様みたいなイケメン、間近で見られるチャンスはない! と、ミーハーな気持ちに負けて、ついていくと、真っ青な顔で慌てふためく相模。
 ……なぜか既視感。

「よお、何隠れてんだよ」
「か、一馬くん、ひ、ひどいよ~」

 え。

 え。

 え。

 え~。

 あのイケメンがこの弱腰。な、なぜ?

「何がひどいだよ。俺だって、仕事できてんだよ。だいたいキャスティングされてたの知らないし。」
「だって~、言っちゃいけないって言われてるし~。」
「それと、お前、そのしゃべり方ダメ。今、仕事中だろ。イメージ壊れる。」
「一馬く~ん」

 王子様が……王子様が……オカマになってる……。

「あ、美輪、こいつ、芸名相模遼、本名坂本遼(さかもとりょう)。覚えてない?」

 ……。

 ……。

 ……。

 えーーーーーーーーーっ!

 分厚いメガネをかけて、チビでおデブちゃんだった、あの遼ちゃん!?

「ご無沙汰してま~す」

 頬をピンクに染めながら、サングラスをはずして、挨拶する姿は、まったく面影がない……。

「……」
「あ、完全に固まってる」
「えー、美輪さん、美輪さん。僕のこと、忘れちゃった?」

 ……いいえ。忘れるわけないでしょう。
 私のファーストキスの相手なんだから。

 あの既視感を覚えたのは、子供のころ、よく遼ちゃんが、何をするにも慌ててた姿とだぶったせい。今ならわかる。

「なんか……イケメンになっちゃったね」

 ほ~っ見惚れてると、

「えへ。美輪さんにそう言ってもらえると嬉しいっ!」

 キャハッ、という声が聞こえそうな喜びように、若干引き気味の私。

「ふん」

 鼻を鳴らして隣に立つ一馬。

「美輪さんは、昔と変わらないね」

 優しげに笑う顔に、昔のおデブちゃんだった遼ちゃんが重なる。

「えー、それって、相変わらずデブってこと~?」

 ……まったく、腹黒一馬め。思いっきり、お腹をどつく私。

「すごいね、ゴールデンだって?がんばってね」

 そろそろ撮影再開の雰囲気を感じ取った私は、ニッコリ笑って、一馬を座席にひっぱっていった。





「一馬、知ってたの?遼ちゃんのこと?」

 席に戻ると、こそこそと話をする私。

「たまに現場で一緒になることはあったよ。まぁ、俺はバイトの延長だけど、ヤツはちゃんと仕事だしね」

 椅子の背もたれに寄りかかりながら、ぼそぼそと話す。

「でも……すごい大人っぽくなっちゃったね……」

 私が知ってる遼ちゃんは小学校の低学年の頃。同じ通学班で、私の後ろを歩いてた。あの小さかった子が、こんなに大きくなって……と、母心が芽生えてる。
 実際、大人っぽくなってても、私よりも二歳下。一馬よりは二歳上だけど、あの態度じゃ、どっちが年上かわかったものではない。

『これから、ドラマ見る目が変わっちゃうなぁ……』

 演技をしている遼ちゃんを見てると、あの頃のかわいいおデブちゃんを想像できない。

 気が付かなかったら、ずっと『王子様』だったんだけどなぁ……。