新創刊のブライダル雑誌は、いくつかの大手の書店の店頭販売をすることになった。販売促進部が主導で、その手伝いに駆り出され、なぜか会社のロゴの入った真っ赤なエプロン。

「神崎さん、奥からショッパーもらってきてくれない?」

 販売促進部の営業さんから言われ、書店のアルバイトの方からショッパーの入っているダンボール箱を渡された。

「お、重いっ」
「あ、すみませんね、神崎さん!」

 歯をくいしばりながら運んでいると、慌てて店頭にいた営業さんが手伝いに来てくれた。スーツの上着を脱いで、私と同じように真っ赤なエプロンをつけた営業さん。名札には、『坂本』と書いてある。

 遼ちゃんと同じ苗字だ。

 変なところにひっかかる私。

「こ、こんなに重いと思いませんでした」

 額ににじんだ汗を、ハンカチで拭き取る。

「いやぁ、こんなダンボールで渡さなくていいのに」

 営業の坂本さんも苦笑い。

「これ、一袋にだいたい百枚入ってるんだよね。だから一箱だと……千枚? さすがに今日は千冊も売れないと思うんだけどねぇ。というか、千冊も入れてないし」
「あ」
「ククク、まぁ、ダンボール開けるの面倒だったのかもしれないけど……ねぇ?」
「あはは」

 笑うしかない。
 実際、新創刊の表紙が、兵頭乃蒼と遼ちゃんの写真だったせいか、思ったより売れ行きがいい。若い女性たちが、立ち読みをし、雑誌を手にレジに向かってくる姿を見ると、うれしくなる。

「こうやって店頭でお客さんが本をとってくれるのを見るとね」

 立ち読みしている女性たちを、優しい目で見る坂本さん。

「俺たちの本で、少しでも幸せになってくれるといいなぁ、って思うんだよね」

 うん。私もそう思う。

「ま、俺たちが作ったんじゃなくて、編集さんや、広告とってくる営業さんたちが頑張った成果だけどね」

 照れくさそうに笑う坂本さん。

「あ、普段来れない現場に来たんだし、せっかくだから記念撮影しとこう!」
「はい!」

 お世話になった書店の店長さんと、坂本さん、そして私。手には兵頭乃蒼と遼ちゃんの写真の表紙のブライダル雑誌。
 私も頑張ってるよ。遼ちゃん。
 L〇NEで遼ちゃんに送ってみた。雑誌を持った私の画像をつけて。

『売れてます!』

 まぁ、すぐには反応ないだろうな、と思ってスマホをバックに戻そうとしたら、思いのほか、すぐに返事が来た。

『僕、かっこいいでしょ?』

 ……はいはい、かっこいいです。

 なんかムカツク。
 しかし、そこは大人な対応をしなくては、ということで、親指たてたスタンプで返信すると、すぐさま、既読とともに、なぜか、遼ちゃんのキャラクタースタンプが返ってきた。

 薔薇を抱えた王子様キャラ。
 さすが俳優。そういうのあるのね。

 ちょっと呆れながら、そのままスマホをしまった。





 翌日、あのダンボールのおかげで若干筋肉痛を覚えたものの、通常業務に戻った私。

「昨日、どうだった?」

相変わらず、パソコンからは目を離さず話しかける本城さん。

「楽しかったです! 現場なんて行かないから貴重な体験でした!」
「そうだよなぁ。こうやって机の前で数字いじったりしているだけじゃ、自分が何売ってるかなんて実感わかないだろうしなぁ。」

 資料をファイリングしながら、優しく微笑む笠原さん。
 実際、あんなに雑誌が重いものだなんて知らなかったし。あ、これも筋肉痛の原因の一つだわ。

「記念に写真撮ってもらいました!」
「お、どれどれ、見せてみろ」

 店頭で店長さんたちと一緒に写ってる画像。自分も満足そうな顔して写ってる。

「お、坂本じゃねぇか。」

 びくっと反応したのは本城さん。

「……ふーん。元気そうだった?」
「はい? えぇっと。たぶん、元気だったと思います。」
「そう」

 なんとなく歯切れの悪い本城さん。

「お知り合いですか?」
「俺たちの同期だよ。部会とかないと、なかなか会わないけどな。」

 いつも通りの二人だけど、なんとなく微妙な空気。私もそんなに鈍感ではないつもりだけど、これ以上は何も聞けない雰囲気だった。