「俺、好きな人いんだよね」
周りの音が消えた。
「……そっかぁ」
もちろん本当にそんなことが起こるわけなんかなくて、柚木さんの声も耳に入ってきたし、ただそれくらい衝撃を受けたってだけで。
キン、と聞こえた金属音は野球部だろうか。
向かいの棟から流れてくる力強い音は、トランペット?
校舎の外から聞こえる笑い声、自転車のスタンドを上げる雑な音、風に煽られる剥がれかけのポスター。
全て耳で捉えているはずなのに、どこか現実味がないくらい頭に入ってこない。
「……ごめんね。彼女、いるのに……」
柚木さんの言葉を、その場に立ち尽くしたままぼんやり聞いて。
「いや、俺の片想い」
気づいた時にはその場から弾かれたように駆け出していた。
それまで動けなかったのがまるで嘘みたいで。
上履きを履いてなくてよかった。
でないと、ばたばたと走る音が響いて、あの2人にも聞こえちゃうだろうから。
昇降口にたどり着き、無造作に靴に足を突っ込む。
そのまま学校の敷地外まで全力疾走。
喉は痛いし、心臓もうるさい。
久しぶりにこんなに走ったから息もうまくできなくて苦しい。
心臓が、胃が、頭が、全身がぐるぐるする。
なんだろう。
なんだかぐるぐるというか、もやもやというか。
……もやもや? 一体何に?
藤が告白されてたこと?
その告白を断ったこと?
……藤に、好きな人がいたこと?



