真樹はムッとして、一方的に終話ボタンを押した。

「全くもう! あたしの新境地なんか、ホントはどうでもいいくせに!」

 彼女は待受画面に戻ったスマホ――その向こうにいる、さっきまで話していた相手に向かって毒を吐く。

 編集者は、担当している作家の作品が一作でも多く売れることで自身の給料も上がるらしいと真樹は聞いたことがある。
 つまり、片岡は自分の収入を増やしたいがために、真樹を売り込みたいだけなのだ。

「だいたい、あたしにはムリなんだよ……。恋愛メインの話書くなんて」

 真樹はボヤく。それはそうだ。中学を卒業後は(その前もだけれど)、一度も恋愛をしてこなかったのだから……。

 ――真樹には中学時代、ずっと好きな相手がいた。
 正確には中学一年生の冬から、卒業式の日までの二年以上、彼女はずっと一人の同級生の男子を想い続けていたのだ。

 地味でおとなしく、どちらかと言えば優等生タイプだった真樹とは正反対の、ちょっとヤンチャなタイプの彼が、彼女の本当の意味での初恋の相手だった。

 それまでにも、真樹には「好きだ」と思った相手はいた。でもそれが本当に〝恋〟だったのか、今となっては自信がない。
 むしろ、「恋に恋する」という言葉が実際にあるのなら、それに当てはまるのではと思っている。

 でも、〝(アイツ)〟は違ったのだ。真樹は彼のことが気になって気になって、夢にまで出てくるくらい気になって仕方がなかった。
 けれど告白する勇気はなく、ただ遠くから眺めていることしかできなかった。彼の所属するサッカー部の練習を、文芸部の部室をこっそり抜け出して見に行ったこともあった。

 三年生になって、ようやく少しだけ距離が縮まった彼の名前は、岡原(おかはら)将吾(しょうご)というのだった――。