「さ、疲れたろうし、風呂に入るんだろ。服を脱がないとな。」
「え、えっ。あぁっ。」

彼は僕の第一ボタンを器用に外す。
真っ赤になった僕の顔を見つめて
頬に手を置き、耳元でささやいた。

「大丈夫、襲いやしないよ、小猫ちゃん。ちょっと、これが気になってね。」

僕の胸に光る「なにか」を見つけて、
彼は手にとって、言った。

「これは…ペンダント?」
「…うん、手作り。」
「器用だね。」
「でしょ。
…実はここにくる前にさ、僕、
山に登ったんだ。」

「山?」

「そう。たいして高くはないんだけど。とにかく疲れはてて、倒れるまで登りたかったんだ。」

彼は僕が話すのを待っていたように、
少しの沈黙の後、

「こんなこというと、アレだけど…
僕は本当は家を出たあと、
死ぬ場所を探してたんだ。
もうなにもかも嫌になってて。
てっぺんまでいったら、飛び降りるか、のたれ死ぬつもりで。

山に登ることは、慣れてるんだ。
田舎育ちだし、僕は食べるために狩りをしていたから。」

(彼は、「あぁ、それで出会ったとき痩せこけていたし、所持品に水筒を持っていたのか。」と。狩りには身軽さと、鋭い爪と、水が、必要不可欠だから)

僕は話を続けた。

「雷の鳴る山道を
びしょ濡れになりながら
ひたすら歩いて。

でも、登って頂上までついたら、
虹が出てて、雲が晴れて。
そこからの景色が綺麗で
泣いちゃったの、わんわんと。
犬じゃないよ。猫だもん。」

「面白いこというね。」
彼はクスッと笑った。

「そしたら、まだ死ねない気がしてさ。
どうせ死んでしまうなら、好きなことしてからにしようって。
もう嫌な過去は振り返らないように、と思って。
…あなたに会おうって。
そんで降りて、決意が揺らがないように
ペンダントを作ったの。ミサンガみたいなもの。」
「それがこれなんだね。」
「ありあわせだから、綺麗でもなんでもないけどね。僕自身の手も汚れていて…。」

(ただ、あなたにあいたくて。
だってペンダントの中には、あなたの写真が入ってるんだから。)

「綺麗だよ。
君の心がこもってるんだから。

辛かったんだね。
大丈夫だよ、これからは
俺が守ってあげるから。」

彼は僕を抱き締めた。
気の緩みからか
疲れからか

僕はまた
わんわん泣いてしまった。